本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『圏外編集者』のレビュー~電子書籍が定額サービスになる日~

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今朝の東京は今季一番の冷え込みだったようだ。

もくじ

冬の早朝ジョギングに行くなら手袋をしていけ

そんななか、トチ狂った私は6時半に起床し、早朝ジョギングを刊行した。部屋の中はタイマーでエアコンをつけていたのでさほど寒さは感じなかったが、一歩外に出ると、マジで膝がガクガクするほど寒い。走り始めてもなかなか体は温まらず、私は早速後悔していた。

しばらくするとようやく体は温まるが、しかし問題なのは手のひらだ。いくらからだの中心部分で暖かい血液が作られても、指先に到達することにはキンキンに冷えてしまうため、手のひらが一向に温まらない。だからといってポケットの中に突っ込むわけにも行かず、ヒィヒィいいながら走り続けた。冬の早朝ジョギングには、手袋をつけていくのが正解かもしれない。

都築響一について

早朝ジョギングとは一切関係がないが、今回ご紹介するのはこちらである。

圏外編集者

圏外編集者

 

都築響一は、知っている人は知っているが、知らない人は知らないという人物である。1956年、東京都生まれ。上智大学に在籍中、マガジンハウスの編集部でアルバイトをはじめ、そのまま気づいたらマガジンハウスで働いていたという編集者。ただし、会社に雇われていたわけではなく、フリーのライター兼編集者として、席を置かせてもらっていたという扱いのようだ。そこで男性向けのファッション誌『POPEYE』の制作に携わる。 

POPEYE(ポパイ) 2016年 1月号 [雑誌]

POPEYE(ポパイ) 2016年 1月号 [雑誌]

 

その後、独立し、フリーのジャーナリスト、カメラマン、編集者、コラムニストなどとして活躍。ごくごく普通の若者の部屋を写真集『TOKYO STYLE』や、『ROADSIDE JAPAN - 珍日本紀行』『東京スナック飲みある記』などなど、エッジの効いた書籍の企画立案、制作を手がけてきたパンクでロックな人物である。

東京スタイル (TOKYO STYLE)

東京スタイル (TOKYO STYLE)

 

 

ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 西日本編 (ちくま文庫)

ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 西日本編 (ちくま文庫)

 

 

東京スナック飲みある記 ママさんボトル入ります!

東京スナック飲みある記 ママさんボトル入ります!

 

本書は、そんな都築氏がエッセー交じりに、現在の出版業かに思うことなどをいろいろと語っている本である。とはいえ、具体的で役立つ仕事術や、これから出版業界で働きたいと思っている人にとって実用的な内容はあまりない。どちらかといえば、すでに出版業界に入っている人々に向けて喝を入れることを目的としたような内容だ。とはいえ、中盤以降はおもに都築氏がこれまで手掛けてきた書籍の話に終始するので、出版関係者もしくは都築氏のファンでなければ、あまりおもしろいものではないかもしれない。

編集者の質の低下

「はじめに」で書かれていることだが、そもそも出版業界が苦境に陥っているのは、人々が本を読まなくなったからでも、ITが発達したからでも、少子高齢化のせいでもなく、結局のところ、すべては編集者の責任であると都築氏は断言している。世の編集者たちがつまらない本しか作らず、そもそも本作りに対する意欲が欠けていることに原因があるという。

これについて、現役編集者である私としては反応に困るところだ。というのも、都築氏がいう「制作は外部に丸投げ、数字を調べて『会議に通る企画』ばかり考える、経費で飲み食いして上司の悪口に管を巻く」という編集者に私はお会いしたことがないからだ。いるとしても、おそらく超大手の総合出版社の話だろう。私はそうしたところに知り合いがいない……。

ただ、都築氏がいうように、世の中には「つまらない本」であふれているのは共感できる。とくに私が節操がないと感じるのは、「後追い企画本」だ。アドラー心理学の本が注目を集めれば、各社はアドラー心理学をありとあらゆる方法で切り込んで行き、ネタをパクる。ピケティ先生の本が話題になれば、各社はこぞって解説本を出す。もちろん、そうした本の中にも分かりやすく、高いクオリティで売れるものはあるが、結局、そうやると一番売れるのは元本だ。ほかの出版社は、せっせと他社の売り上げを上げるのに苦心しているともいえる。また、そうでなくても、クソみたいなクオリティのものは腐るほどある。

編集の仕事は誰でもできる

ハッキリ言ってしまえば、編集者の仕事なんて誰でもできる。特別な技術も、専門的な知識も全く必要ない。都築氏は編集の技術も、文章の書き方も誰でも習うことなく、見よう見まねの独学で習得したというが、それは私も同じだ。

私は大学卒業後、社員数10人未満・マンションの一室が会社という編集プロダクションで仕事をしたが、出社初日にいきなり雑誌の記事を一本書かされたことをいまでも覚えている。もちろん、原稿の書き方などもまったく習わなかった。研修なんてもちろんないし、何も習ってないのにできないと怒られるわけだ。今考えると、かなり理不尽ではあるが、おかげでかなり成長できた気がする。

とにかく、デザイナーやイラストレーターのような練習というものは、編集者にとっては必要ない。世の中にはエディター講座やライター口座にお金を払って通う人もいるが、都築氏はそうしたものにお金を出すことの無意味さを説いている。そんなところで座学している暇があるなら、自分一人で一刻も早く本作りを始めろ、ということだ。Amazon自費出版の本を作ってもいいし、同人誌を作るのでも構わない。今の時代なら、だれでも手軽に本なんか作れるのだ。

ちなみに、私が最初に働いた編集プロダクションの社長は「編集者とは雑用係である」といっていた。これは正しいだろう。都築氏も本書の中で、「編集者の仕事はほかの人たちに余計なことを考えさせないこと」だと述べている。つまり、著者は原稿を書くことだけに集中し、カメラマンは写真を撮ることだけに集中し、イラストレーターは絵を描くことだけに集中し、デザイナーは本のレイアウトを考えることだけに集中しなければならないのだから、それ以外のことをすべて編集者は代わりにやるのがお仕事だというのである。

本の企画を立案するときにマーケティングは必要か

都築氏はまた、本の企画を立てるときに、マーケティングをしたり、読者を想定することの無意味さを指摘している。その代わりに必要なのは、その編集者が心からその本を作りたいという熱意を持っているか否か、だという。これは、いまの私の上司も同じことを言っている。

私もこれまでいろいろな本を手掛けてきたが、ぶっちゃけ、どんな本が売れるかなんていまだにさっぱりわからない。類書の売り上げがよくても、世間のトレンドとマッチしていても、売れ行きが芳しくない本なんていくらでもある。

ただ、個人的に思うのは、やっぱり読者はバカではない、ということだ。著者の熱量が感じられなかったり、作り方の荒さが目に付く本はやっぱりヒットしない。そういうものはやっぱり、読者は敏感に感じ取るのではないかなぁと考えている。だからこそ私は、少なくとも自分が興味を引かれない本は基本的に作らない。私は男なので、女性の読者を対象にした本は作れない。そういう本はやっぱり、自分がお金を出して読みたいとは思えないからだ。

……とはいえ、マーケティングに意味がない、とも言い切れない。というのも、都築氏が果たしてこれまでしっかりマーケティングを行ったうえで作った本があるとは思えないからだ。ある手法の効果を調べる場合、絶対に必要になるのは比較である。しっかりマーケティングをしたうえで作り方を決めた本と、そうではない本の売り上げを比較検討して、そのうえで効果の有無は判断しなければならないと思うからだ。

都築氏はこれまで数々の本を作ってきたが、おそらくきちんとマーケティングを行った本は作った経験がないのではないかと思われる。マーケティングや読者の想定が無意味だとする主張は完全に都築氏の哲学に基づく個人的な考え方なので、この部分に関してはなんともいえないところだ。

バランスを取って作るのが大切なのではなかろうか

さて、偉そうなことを語ってはいるが、私だって作る本すべてが、自分がお金を出してでも読みたい本ばかりであるわけではない。自分はあまり興味がないが、著者が著名だったり、たまたま出会った著者の提案からその著者の「書きたい」という思いが伝わり、売れそうだと判断できそうなら作る。そこはビジネスライクだ。

私が思うのは、自分が読みたい、趣味を多分に兼ねた本と、売り上げを重視したビジネスライクな本、どちらもバランスを取って作るのがいいのではないかということだ。売り上げだけを重視して自分が大して作りたくもない本ばかりを作るのはなかなかの苦痛だ。ただでさえ、弱小出版社の給料は高くない。自分がやりたくない仕事をやるのであれば、もっと稼げる仕事をしたほうがマシだろう。だからこそ、売り上げも立てつつ、余裕を見て自分の作りたい好きな本を作れるようにしていきたい……というのが、私の理想の働き方である。これなら、私は給料が少なくとも全然かまわない。

都築氏本人も本書の中で、「もし自分が出版社の社員になっていれば、いまごろ重役になってもっと楽な暮らしができただろう」と語っている。実際、都築氏の手掛ける本は、ベストセラーになるような作品がない。かなりマニアックで、そもそも潜在読者が少ない者ばかりだ。それはそれで、ちょっと極端な仕事のやり方かなぁと、私は思ってしまう。

本はいつか、レコードのようなものになるかもしれない

いまはまだ、本はひとつひとつ、消費者が購入するスタイルになっている。だが、都築氏は将来的に、本も音楽や映画のように、定額制で読み放題のスタイルが来るだろうと述べている。紙の本は、それでも手元に置いておきたいほど気に入った本だけになるかもしれない。すでにCDがストリーミングサービスになり、よほどのファンでない限り、CDを飼わないのと同じである。そうなると、本の売り上げ面であらゆることが変わるだろう。

まず、著者に対して支払われる報酬のあり方が変わる。いまは刷り部数や売り上げに応じて著者に印税が支払われるが、定額で読み放題ということになれば、データ上で管理される実際のビュー数で印税の支払額が変わるようになるかもしれない。また、定額制になると、どれだけたくさんの本のストックがあるか、というのがネックになってくるだろうか、それだけ弱小出版社の立場は弱くなってしまうかもしれない。ビジネスの仕組みがこのようになると、プラットフォームを持っているところが強くなるのは必定だ。

おわりに

本の未来がどうなるのかはよくわからない。

が、あまりいい方向に向かわないのは予想できる。単純に金を稼ぎたいのであれば、出版社なんか行くべきではない。都築氏はいまの編集者をこき下ろしているが、これだけ斜陽産業だということが周知であるにもかかわらず、それでも出版社で働こうとする人は、おそらく誰しも、すくなからず本を作ることに喜びを見出しているはずなのだ。じゃないと、とてもやってられない仕事だからだ。

どうせ大して儲からない仕事であるならば、仕事そのものが楽しくなければ、それこそやる価値がなくなってしまう。私はそう考えつつ、日々働いている。