『日々是好日』ほかのレビュー~畳のヘリを踏んではいけない理由~
先日、とあるブログを読んでいて、そこに「畳のヘリを踏んではいけない理由」について言及されていた。
もくじ
たしかそこには「NINJAがヘリの隙間から刀を突き刺すのでアブナイから!」とか書いてあって気がする。いや、こんな風には書いてなかったと思うけど、この理由はこの理由でなかなかおもしろい。しかし、私が最近読んだ本では、違う理由が書いてあった。
畳のヘリを踏んではいけない理由
この本である。
もしも利休があなたを招いたら 茶の湯に学ぶ”逆説”のもてなし (角川oneテーマ21)
- 作者: 千 宗屋
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/05/10
- メディア: 新書
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当該部分を引用しよう。
もともと畳というものは、現在のように部屋全体に敷き詰めるものではなく、低くて大きな椅子のようなもので、一人用のマットとして使われていたものです。ひな人形の内裏雛が敷いている台が、まさに畳の原型です。ですから、縁があるわけです。この縁に使われた錦の質や柄で、そこに座る人の位がわかるようにもなっていた。つまり、縁は畳にとって「顔」というべき大事な場所で、だからこそここを踏まないというのが約束事なのです。さらに、時代が下がって、畳が部屋全体に敷き詰められるようになってからは、縁を踏むと畳の合わせ目が撚れたり浮いたりしてズレが生じやすくなるという、実用としての構造的な問題も加わりました。
確かに言われてみれば、戦国時代を描いた時代劇などでは、板張りの床がよく登場している気がする。つまり、畳はもともと、偉い人の座布団のようなものだったのだわけだ。そして、その縁には家紋が縫われている。そんな家紋を踏んづけるのは大変無礼であることは想像に難くない。NINJAが云々、という理由よりも個人的には「なるほどなぁ」と思った。
ちなみに本書の著者は千利休から分かれた三千家のひとつ、武者小路家の家本後嗣であるため、たぶん、そんなに間違ったことは言っていないはずである。
『もしも利休があなたを招いたら』のレビュー
ついでに本書のレビューも書いておこう。本書は茶の湯のしきたりに加え、「千利休(つまり俺の祖先)のO・MO・TE・NA・SHI術ぱねぇ!」ということとか、現代人が手軽に茶の湯を味わうためのアドバイスなどを紹介している一冊である。どちらかというと、茶の湯を勉強するというよりも、利休のことについて勉強したい人におススメしたい一冊だ。
ただし、いろいろと文句をつけたい点もある。
まず、とにかく内容が散漫だ。「著者のやっていること」「茶道とは何か」「茶道のコミュニケーション術」「茶道とおもてなし」「国際的に見た茶道」「利休の時代の茶道」などが主に説明されているのだが、どれも中途半端でなんだか頭に入ってこない。とにかくいろいろなことをただ書き連ねたという感じで、あんまり「腹落ち感」がないのだ。
また、文章の末尾に「~だと思う」「~というのが私の考えだ」というのが多く、これがまた説得力を薄れさせる。タイトルは興味を惹くが、実際にこのタイトルに関連する部分はごくごく一部分であり、タイトル詐欺でもある。
『日々是好日』のレビュー
もっと具体的に、茶道のマナーや手順などについて手軽に学びたい場合、この本がおススメである。
日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)
- 作者: 森下典子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/10/28
- メディア: 文庫
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著者の森下典子氏はルポライター・コラムニスト。プライベートで大学生のときから茶道を学び続けており、本書はそんな彼女の茶道とのかかわりを時系列に沿って書いたエッセーである。
かなりいい本だ。とくに、茶道という言葉以外なにも知らないような貧弱なパラメータで読むにはもってこいである。理由は以下の4つ。
①著者に共感して読み進められる
本書は知識ゼロから初めて茶道を体験し、学んでいく著者の姿を時系列に沿ってつづっていく。そして著者は茶道という得意な空間に対して抱いた違和感、反感を忌憚なく語っているため、読者ははじめ、そんな著者の考え方に共感しながら読み進められるのだ。本書は読みながらこの著者の茶道経験を追体験できる。
②茶道の知識が身につけられる
本書では実際に茶道が行われる家庭が細かく描写されている。一般人には分からない各種道具の名前や形状、その使い方なども丁寧に説明してくれるため、状況が頭の中にイメージしやすい。
③文章が読みやすい
さすがに取材記者やエッセイストとして活躍し、執筆経験が豊富であるためか、文章に変な癖がなくて読みやすいし、わざとらしい形容詞や副詞などによる過剰装飾もない。スルスルと読み進めていける。
④物語としておもしろい
著者は本書の中で茶道を学びながら大学卒業――その後の自分の進路を考え、茶道を続けるべきか苦悩する過程もつづっている。その物語そのものもたいへんおもしろかった。
なぜ、茶道には細かいルールがあるのか? 聡明で「頭で物事を考えがち」な著者はそうした茶道のルールにいちいち疑問を持つが、先生はその理由を一切教えてくれない。しかも、お茶をたてるときの手順をメモにとったり、覚えようとしてはいけないのだという。いわゆるビジネスシーンであればほめられるような行為も、茶道ではご法度だったりするわけだ。めちゃくちゃである。
しかし、我慢して茶道を続けるうちに、次第に著者の心境にも変化が現れる。さすがに本を読むだけで彼女と同じ心境に至るのは難しいが、それでも十分「茶道」が持つ深遠な魅力を感じ取ることができるだろう。
『千利休 無言の前衛』のレビューまがいのもの
こちらはついでに読んだ本だが、けっこう難しい内容だった。著者の赤瀬川原平氏は前衛美術家であるため、こちらの本は美術としての茶の湯が書かれているのだ。また、美術系の本にありがちだが、抽象的・観念的な文章があふれている。けっこう茶の湯から外れたことについても書いてあるので、茶の湯読書初心者にはあまりおススメしない。かくいう私も結構適当に読んでしまったので、内容をあまり理解できなかった。
おわりに
この世にはさまざまな「世界」があるが、私たちはそのなかのほんのわずかな「世界」しか垣間見ることができない。「茶道」なんてものも、そうした世界のひとつだ。読書の良いところのひとつは、そうした世界に満ち溢れる小さな世界を疑似体験できるところにある。
本棚は小宇宙だ。