『マスカレード・ホテル』はミステリとしてはイマイチ
文章を書くコツはいくつかある。
もくじ
そういうのはほかの人が本やブログなどでいくらでも紹介しているので書かないが、ひとつ但し書くと、文章がうまくなっても文章がおもしろくなるわけではない。ここを混同してはいけない。
うまい文章=読みやすい文章
上手い文章は、言い換えれば「読みやすい文章」だ。自分の主張や考えた物語が読んだ人に意図通りにちゃんと伝わる文章である。……なので、そもそも主張が貧弱だったり、物語がつまらなければ、文章がうまくてもどうしようもない。
前置きが長くなったが、今回レビューを書くのは東野圭吾氏の『マスカレード・ホテル』である。
東野圭吾について
1958年、大阪生まれ。「東野圭吾」はペンネームではなく本名だ。推理小説にハマり始めたのは高校生になってからで、小峰元氏の『アルキメデスは手を汚さない』をたまたま読んだことがきっかけらしい
このころからすでに小説の執筆を始めたらしく、処女作のタイトルは『アンドロイドは警告する』というもの。ただし、これはいまだに公開されていない。
作家としてデビューしたのは、大学を卒業してデンソーに入った後の1985年。会社に勤める傍ら執筆した『放課後』でデビューした。東野氏は大学時代、アーチェリー部だったらしく、本作もアーチェリー部の人々が登場している。
これが契機になったのか、翌1986年にデンソーをやめ、専業作家に転身。その後、10年くらいはパッとしなかったが、1996年に『名探偵の掟』が『このミス』に選ばれるなどして注目を集め、1998年に刊行した『秘密』でブレイクを果たす。
一気に売れっ子、知名度上昇
その後、『探偵ガリレオ』から始まる「ガリレオシリーズ」なども人気を博し、テレビドラマ化。そして2005年に単行本化された『容疑者Xの献身』が高い評価を受け、映画も大ヒットしたのは記憶に新しい。
なお、東野氏は2009年に日本推理作家協会の理事長となり、現在では日本を代表するミステリ作家のひとりとなっている。
『マスカレード・ホテル』のあらすじ
本作は『小説すばる』に2008年~2010年の期間、掲載されていたもので、単行本化は2011年。すでに続編『マスカレード・イブ』も刊行されている。
以下、あらすじ。
東京都内で3件の殺人事件が起きた。3人の被害者に接点はまったくないが、現場には同じ法則の暗号が残されていたため、警察は同一犯による連続殺人と考え、捜査を始める。
警察はやがて暗号の解読に成功し、これは次の殺人現場を示しているものと判明。そして、犯人が次の現場に指定しているのは都内の高級ホテル「ホテル・コルテシア東京」だと突き止めた。
とはいえ、いつ、だれが殺されるのかはまったくわからない。そこで警察は数人の刑事をホテルの従業員に扮装させ、次の事件を未然に防ぐ作戦を実行することを決定した。果たして、4人目の殺人は防げるのか?
本作の主人公は2人。ホテルのフロントスタッフに扮装する警視庁捜査一課の警部補・新田浩介と、ホテル・コルテシア東京のフロントクラーク・山岸尚美だ。探偵役は新田のほうである。
魅力① 新田と山岸、価値観の違う2人はいかにして信頼を築くのか?
おもしろさのひとつは、この「2人のかけあい」。
つねに疑いの目で人を見てしまう刑事と、お客様を心からもてなし快適な気分にさせることが仕事のホテルスタッフでは、物事のとらえ方や態度が真逆なのだ。そしてどちらも自分の仕事にプライドを持っているため、最初は反目しあう。
だが、時間を経るにつれて次第にお互いの仕事に理解を示し、絆を作っていく。その過程が丁寧に描かれていて、そこがよい。
魅力② 個性豊かな宿泊客たち
もうひとつのおもしろさは、「多種多様なホテルの客たち」。
誰が被害者で誰が犯人かわからないので、新田たちは怪しそうな客をすべてチェックするわけだが、やってくるのは一癖も二癖もある連中。「部屋をアップグレードさせるためにごねるサラリーマン」「不倫相手と密会する著名人」「霊感の強い盲目の婦人」などなど、毎日のようにこんな人たちの相手をするのは大変だなぁと思ってしまう。ホテルの人たちはたいへんだ。
ちなみに、作品のモデルとなっているのはおそらく日本橋にあるロイヤルパークホテルだろう。本の最後に、取材協力先として掲載されていた。
ミステリーとしては、驚きがない
本作、おもしろいのだが、ミステリーとしてはイマイチだった。エンタメ的なおもしろさはあるが、ミステリ的なおもしろさはない。トリック自体は全然大したものではないし、結末を知ってもさほど大きなカタストロフィは得られなかった。
ただ、やはりベテラン作家だけあって、ストーリーの構成やキャラクター作りが秀逸なのだ。雑誌に連載していたということもあるかもしれないが、テンポよく物語が進み、読者を飽きさせない。エンタメ作品として非常に上質だ。
やっぱりベテランは読みやすい
それを支える土台となっているのが読みやすく、シンプルな文章である。
いくらストーリーがおもしろくても、変な演出(長ったらしい独白や時系列を前後させるなど)が多用されたり、小難しい単語をやたら使ったりすると、読者は読む気をなくしてしまう。そうした技巧に頼らず、一般的な言葉と端的な説明で簡潔に描写できるところに、東野圭吾の筆力を感じさせる。
やはり人気作家の作品は伊達ではない。人気作家はやはり人々に支持されるだけのおもしろさを持っている。
おわりに
おもしろいことはおもしろかったが、ミステリーとしてはイマイチだったので、あまり続編『マスカレード・イブ』を読もうという意欲は湧いてこない。東野圭吾は、これでまた当分、読まなくてもいいだろうというのが私の感想だ。
たぶん近々、きっとこの作品もそのうち映像化されるのだろう。とはいえ、大変おもしろく、サラリと読んで十分楽しめる作品なので、エンタメ小説としてはおススメできる一冊である。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末様でした。