本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『ささみさん@がんばらない』のレビュー~はじめての日日日~

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文章を書く速度は人それぞれだ。でも、単行本1冊分(200~300ページくらい)の原稿を書くとなると早くて2~3ヶ月くらい。普通は半年くらいかかるものだろうか。ただし、すごく筆が早い人になるとたった数日で書き上げる。

 

執筆スピードと文章のうまさに相関関係はない。早くてうまい人もいれば、遅くてヘタクソな人もいる。むしろ、個人的な経験から言えば、書くのが遅い人のほうがどうしようもない原稿が上ってくることが多い。ハッキリ言って、執筆速度が遅いのは全然構わない。それに合わせてスケジュールを組むだけだ。しかし、自分が言った締め切りを破るのは作ったスケジュールが壊れるので困る。ほんとに

さて、今回紹介するライトノベル作家日日日(あきら)氏は、おそらくライトノベル作家のなかで筆の早さならトップレベルにある人物だろう。なにしろ一時期は1週間に3冊、別々の出版社から本を刊行したり、毎月毎月新刊が出るので「月刊日日日」状態になったこともあるらしい。

日日日氏について

1986年、奈良県生まれ。本名は明らかにされていないが、下の名前は「輝(あきら)」というらしい。それを「晶(あきら)」に変え、崩したのがペンネームである。

天性の才能を持つ人物で、高校在学中の受賞歴は以下の通り。

ハッキリ言って、高校生ながらこれだけの作品を量産し、受賞するのは異次元レベルである。一応、デビュー作は『ちーちゃんは悠久の向こう』だが、デビューした2005年時点で10作の著作を刊行するというおよそ人間離れしたことをやっている。なお、新風舎は2008年に破産してなくなっているため、現在は角川文庫で再出版されている。

ちーちゃんは悠久の向こう (新風舎文庫)

ちーちゃんは悠久の向こう (新風舎文庫)

 

 

ちーちゃんは悠久の向こう (角川文庫)

ちーちゃんは悠久の向こう (角川文庫)

 

さらに『虐殺魔法少女ベリアル☆ストロベリー』、『ぽち軍曹。』などマンガのほか、GREEが提供したアプリゲーム『あんさんぶるガールズ!』などの原作も手がけた。

虐殺魔法少女ベリアル☆ストロベリー(1) (BLADE COMICS)

虐殺魔法少女ベリアル☆ストロベリー(1) (BLADE COMICS)

 

 

ぽち軍曹。 (ガンガンコミックスONLINE)

ぽち軍曹。 (ガンガンコミックスONLINE)

 

基本的にはライトノベル作家ではあるが、一般文芸も書く。とくに『ちーちゃんは悠久の向こう』と『私の優しくない先輩』はそれぞれ2008年、2010年に実写映画化されていて、主演女優には仲里依紗川島海荷がキャスティングされている。

ちーちゃんは悠久の向こう〈特別版〉 [DVD]

ちーちゃんは悠久の向こう〈特別版〉 [DVD]

 

 

私の優しくない先輩 【通常版】 [DVD]

私の優しくない先輩 【通常版】 [DVD]

 

もちろん現在も現役バリバリ。最近だと『あたしら憂鬱中学生』がある。版元が辰巳出版というのが、なんともアンバランスな感じだ。

あたしら憂鬱中学生 1.共依存 (T-LINEノベルス)

あたしら憂鬱中学生 1.共依存 (T-LINEノベルス)

 

花の日日日遍歴

徒花が最初に日日日氏の著作に出会ったのはいつだったか忘れたが、高校生だったと思う(徒花は日日日の1コ下)。たしか近所のヴィレッジヴァンガードでフラフラしていて、ふと『蟲と眼球とテディベア』が目に付き、そのままフラフラと購入したのである。

まず、ライトノベルにもかかわらずヴィレヴァンに陳列されているのが特殊だ。そして仄かな禍々しさを漂わせる表紙のイラストと、「蟲」「眼球」といったあまり穏やかではないワード。デザインも紫を基調にした薄暗いものとなっている。それに健全なる高校生だった私は自然と引き寄せられたのだった。

表紙に描かれている女の子は主人公の眼球抉子(がんきゅう・えぐりこ)、通称グリコちゃんである。この作品は「蟲と眼球」シリーズとして5巻で完結している(6巻は番外編)。コミカライズもされていて、こちらのグリコちゃんは媚びるような可愛い感じになっており、なんか残念。

徒花はハチャメチャなことをやっているのにどこか薄暗くて湿っぽくて鬱々とした日日日の文章、および作り出す世界観に惹かれたので、それから刊行されている著作物を片っ端から読み進めた。

やはり一番おもしろかったのは、日日日の代表作とされる『狂乱家族日記』である。エンターテイメントとして一番質が高い。また、今改めて表紙のデザインを見ると、ライトノベルにしてはなかなかカッコよく、凝った装丁であることに気づかされる。凶華さま可愛い。

狂乱家族日記壱さつめ (ファミ通文庫)

狂乱家族日記壱さつめ (ファミ通文庫)

 

狂乱家族日記はマンガ化されていないが、アニメ化はされた。

EMOTION the Best 狂乱家族日記 DVD-BOX

EMOTION the Best 狂乱家族日記 DVD-BOX

 

一方、同様に人気だったらしい『アンダカの怪造学』はあまり肌に合わなかったので、途中から読まなくなってしまった。

その後、『ギロチンマシン中村奈々子』もなかなか楽しく読み進めていたのだが、このころから次第に私はライトノベルと距離を置くようになり、しかも雨後のたけのこのようにポコポコと次々作品を生み出す日日日氏の著作に追いついていけないこともあって、しばらく読んでいなかった。

ギロチンマシン中村奈々子―義務教育編 (徳間デュアル文庫)

ギロチンマシン中村奈々子―義務教育編 (徳間デュアル文庫)

 

私がライトノベルに嫌気がさしてきたのは、このころになると日日日以外にもあまりにもライトノベル作品が乱立しすぎていたこともあると思う。ライトノベル売り場に行ってもあまりにも数が多すぎて、どれを読むべきか選ぶのが面倒くさくなってしまったのだ。

ささみさん@がんばらない』のレビュー(ネタバレなし)

というわけで、久方ぶりに読んだのがこの1冊である。

ささみさん@がんばらない (ガガガ文庫)

ささみさん@がんばらない (ガガガ文庫)

 

なぜ本作を読む気になったのかというと、2013年にアニメ化されたのを見たからである。アニメの内容がそこそこ気に入ったのと、ある程度の知識があればさらっと読めるだろうという思惑からである。すでに2年も経ってしまったが……。

んで、感想だが、アタリマエながら、ライトノベルらしい作品である。「(読者が自分を投影させやすい)存在感の薄い男」「メインヒロイン(妹属性というかモロ妹)」「三十路の合法ロリ」「クールでマイペースな文学少女」「天然巨乳の違法お姉さんロリ」と、さまざまな男性の幅広いニーズにお答えできる女性キャラを取り揃え、甚外の存在が跳梁跋扈し、摩訶不思議な事件が起こり、激しいバトルが繰り広げられる、というものだ。徒花はダンゼンつるぎ先生押しである。

文章のテイストは軽く、わかりやすく、サラリと読み終えることができる。いい意味でも悪い意味でも期待を裏切らなかった。細かくいうと腑に落ちない部分もあったりはしたのだが、ライトノベルにそんなイチャモンをつけるのも無粋である。

また、これは前述したとおり、日日日氏の以前からの文章のくせ、というか性質なのだろうが、物語の表面上は明るくても、一枚薄皮をめくると湿っぽくて鬱々したものがある。たぶんこれは作者の根暗な性格が染み出しているのではないかと思う。

また、たまに入るのがクドクドとした長ったらしい心理描写だ。たしかに作品がささみさんのひとり語りで綴られているのはわかるのだが、それにしてもウザったく感じてしまう。以前からこれは若干感じていたのだが、やっぱり物語の作り方は上手なので読んでいたのだが、この心理描写は私がちょっと気に入らない点である。

またそれでもひとつ、この作品において私としては文句を抑えられない部分がある。なお、以降の内容は一部ネタバレも含むほか、かなり抽象的で人によっては分かりにくいことを言い始めるし、徒花の言い分がグダグダとまとまりに欠ける部分もあることは留意していただきたい。

日日日氏は小説家ではない

本書では話が一段落したところで「ささみさんレポート」という解説が挿入されるのだ。そこでは、主人公のささみさんが作中の世界の構造や、一体作中で何が起きているのかを解説するくだりがある。はっきりいって、このくだりは作者の力量不足を自ら露呈しているものにほかならない

ライトノベルは多くの場合、独特の世界観、不思議なルール、正体不明の敵、謎の展開などが設定されている。ライトノベルに限らず、SFやファンタジーではよくあることだ。だが、そうした作中の設定を物語から切り離して作者本人が解説するのは稚拙以外の何ものでもない。私はうまく物語のなかで、不自然にならないようにその作中の世界観を伝えるのが作者の技量のひとつと考えている。このように懇切丁寧に説明されるくらいなら、一冊説明などせずに読者を置いてけぼりにする作品のほうがよっぽど清清しい。物語に詳細な説明が必要な作品があるのは許容できるが、いちいちそれを細かく説明するのは読者を愚弄するようなものにも感じてしまう

もちろん、本作においてささみさんの立ち位置が「普通」ではないことは理解しているし、レポートが物語に及ぼす影響もあるし、あとがきにも書かれているように本書の構成は実験的取り組みだったのかもしれない。

だがそうだとしても、私はこれが著しくスマートさに欠けた技法であると感じるのだ。というより、それこそ「物語」から完全独立した「あとがき」のページで作者本人が本作についてあーだこーだと解説しちゃうあたりがなんともカッコ悪い。そして、私が本書を読んで改めて考えたことがある。もしかすると、

日日日氏は小説家ではないのではないか?

ということだ。本エントリーの前半では散々日日日氏を持ち上げておいて我ながらひどい言い草だが。。

日日日氏はデビューこそ華々しく飾り、ライトノベルに限らず数え切れないほどの作品を生み出してきた人物だが、現在に至るまで作家としてあまりステップアップできていない気がする。日日日氏の作品を読んだのは数年ぶりだが、どうにも進歩的なものは感じなかった。なにより、彼の作品には物語的な楽しさはあるが、「文章そのものを読む楽しさ」はないのである。

たとえば近年、じわじわと注目を浴びつつある皆川博子氏の作品は、エンターテイメント的には日日日氏には劣るが、技巧を凝らした文章そのものに人々は価値を見出している。『猫舌男爵』などはそうだ。ちなみにこの人は御年86歳ながら、いまも執筆活動にいそしみ、そんな年齢を微塵も感じさせない文章を書き上げるとんでもないばーちゃんである。皆川氏については別の機会にもっと紹介したい。こうした人こそ、まさしく「小説家」だろう。

猫舌男爵 (ハヤカワ文庫JA)

猫舌男爵 (ハヤカワ文庫JA)

 

じゃあ、日日日氏が小説家でないならなんなのさ?ということで思いつくのは「脚本家」だ。次々にあふれ出す物語や設定、アイディア、テーマなどをうまく組み立て、作品を作り上げていく。文字はその内容を伝えるための手段に過ぎない。

私の場合、『ささみさん@』のあとがきや作り方に憤りを感じたのは、おそらくライトノベルとはいえ、本書を「小説」として読もうとしていたからだろう。それが裏切られたことが、私に憤りという感情を生じさせたものと思われる。だが、もし本書を最初から「小説ではないもの」と認識していたら、印象はちょっと違っていたかもしれない。脚本なら、世界観を物語とは別途に説明するのも手法のひとつとしてはありうるからだ。

そしてここからが厄介なのだが、私の中でこうした理性的な認識と感情は別個独立している。だから、日日日氏の本が小説ではなく脚本だからといって、それを否定するわけではないし、むしろ小説ではないと理解したからこそその存在を納得感を持って認められる

じつは感情では『猫舌男爵』は気に食わないし、おもしろいかどうかでいえば『ささみさん@がんばらない』に軍配が上る(そもそも、この2冊を並列して比較すること自体が間違っているのかもしれない)。文章的な技巧と物語としてのおもしろさを比較したとき、私の感情は後者を重視するのだ。つまり、なにがいいたいのかというと

「『猫舌男爵』も『ささみさん@』も両方気に食わないが、おもしろいからまだ後者のほうがマシだ」

ということである。

というわけで、『ささみさん@』の続編を読む予定は今のところないが、やはり日日日氏の作り出す物語やキャラクター、世界観はおもしろいので、久しぶりに他の作品もあさってみようかとは思う。ちなみに、徒花が好きなのはつるぎ先生である。

取り急ぎ、次は『平安残酷物語』にでも行ってみようか。こちらはコミカライズもされているようである。

平安残酷物語 (講談社BOX)

平安残酷物語 (講談社BOX)

 

 

平安残酷物語 (1) (IDコミックス REXコミックス)

平安残酷物語 (1) (IDコミックス REXコミックス)

 

 

というわけで、お粗末さまでした。