本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『いとみち』のレビュー~はじめての越谷オサム~

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最近はすっかりご無沙汰だが、高校生~大学初期くらいまではライトノベルもよく読んでいた。当時はまだいまほど市場が飽和状態ではなかったが、アスキー・メディアワークス電撃文庫が趨勢を極めていた時代だったような気がする。

dengekibunko.dengeki.com

 

というよりも、私が当初読んでいたのは『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平)や『キノの旅』(時雨沢恵一)などだったので、電撃ばかりが印象に残っているだけかもしれない。『キノの旅』はいまも一応買ってはいるものの、いい加減話の内容に違いが見出せなくなってきたので放置気味だ。

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

 

 

キノの旅―The beautiful world (電撃文庫 (0461))

キノの旅―The beautiful world (電撃文庫 (0461))

 

なお、個人的におススメの作品はGA文庫の『ジョン平とぼくと』(大西科学)。著者の大西氏(これは同氏が運営しているサイトの名前)は理学博士であるらしく、運営サイトにも科学的見識の豊かさが見て取れる。

大西科学 案内

本書もかなりSFに近い。「魔法使い」というファンタジーな要素があるが、「なぜ人々は”魔法”が使えるのか」という仕組みについても丁寧に説明されている。シナリオ的には若干物足りなさを感じたりもするが、普通のラノベに飽き飽きしているならおもしろいと感じるかもしれない。

ジョン平とぼくと (GA文庫)

ジョン平とぼくと (GA文庫)

 

越谷オサム氏について

さて、今回のエントリーがなんでこんな導入になったのかというと、今回レビューを書く『いとみち』の著者、越谷オサム氏の作品は一般向けの小説とされながら「ライトノベル的」と評されることが多いためだ。本書の解説にもそんなことが書かれている。

そもそも、なにがライトノベルと一般向けの小説を隔てているのか、定義がはっきりとしていない。「アニメ調のイラストが挿絵に入っている」「10代をメインターゲットとしたSFやファンタジー」「ライトノベルのレーベルから刊行されている」などなど。最近はメディアワークス文庫など、ライトノベルと一般向け小説の中間あたりの位置を狙っている本も多い。

ライトノベル研究序説

ライトノベル研究序説

 

だが、とくにこの議論は着地点がないため、この場で私が語るつもりはない。ぶっちゃけ私は本書がライトノベルでも一般向けの小説でもどっちでも構わないし。ただ、いきなり本のレビューや著者紹介を唐突に始めるのもあれだっただけである。

というわけで著者紹介に入ろう。

越谷オサム氏は1971年生まれ。出生地は東京・北千住あたりだが、1歳のときから埼玉県の越谷市に在住しているため、ペンネームの名字はここからとっているという(ただし、別に越谷に格別の思い入れがあるというわけでもないようだ)。子どものころはさほど読書家ではなかったようだが、筒井康隆氏の作品は好きで多く読んだという。ちなみに、筒井氏は1967年に発表された自著『時をかける少女』をもって「自分が一番最初にライトノベルを書いた」と発言したことがあるらしい。

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

 

高校卒業後は学習院大学の経済学部へ進学するも、別に経済学を学びたかったというわけでもないため、途中から自主退学。このころから本をよく読み始めるようになったという。その後は30歳直前までマクドナルドのアルバイトをして、小説を本格的に執筆し始める。なお、これらの経歴はおもに下のページを参考にしている。顔はこんなだ。

www.webdoku.jp

2001年に新潮社の主催する第13回日本ファンタジーノベル大賞に応募した『アパートと鬼と着せ替え人形』(この作品は単行本化されていない)が最終先行まで残るも落選。しかし、2004年には『ボーナス・トラック』が第16回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を獲得し、デビューした。

ボーナス・トラック

ボーナス・トラック

 

そして、越谷氏を一躍有名にしたのは2011年に発表した陽だまりの彼女である。本書は累計発行部数100万部を突破し、松本潤上野樹里らによって映画化もされた。なお、Wikiの本書のページには思いっきりネタバレが書いてあるので、これから読んでみようという人は気をつけていただきたい。

陽だまりの彼女 (新潮文庫)

陽だまりの彼女 (新潮文庫)

 

 

本書がこれほどまでに売れた要因のひとつと考えられるのが、キャッチコピーのうまさである。「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」という謳い文句は、若い男女はもちろんのこと中年男性の購買意欲も刺激したらしく、売上にかなり貢献したという。

また、とくに啓文堂書店は「2011年 おすすめ文庫大賞」の1位に本書を選んだ。徒花は京王線ユーザーなので、当時、どの電車に乗ってもこの広告が入ってきたのでたしかに気になっていたのだ。ちなみに、啓文堂書店というのはただの屋号であり、会社名は「京王書籍販売株式会社」である。

他の作品には『階段途中のビッグ・ノイズ』『金曜のバカ』などがある。基本的に主人公は10代後半~20代の若者が多く、ライトなテイストで読みやすい。

階段途中のビッグ・ノイズ (幻冬舎文庫)

階段途中のビッグ・ノイズ (幻冬舎文庫)

 

 

金曜のバカ (角川文庫)

金曜のバカ (角川文庫)

 

『いとみち』のレビュー(ネタバレなし)

いとみち (新潮文庫)

いとみち (新潮文庫)

 

本書は『陽だまりの彼女』同様、新潮社から刊行された作品なので、雰囲気を似た想定にしている。表紙のイラストを描いているのはマンガ家の西島大介氏。シンプルなタッチながら特徴的な絵は人気が高い。ただ、マンガの内容自体はかなり抽象的なところが多く、個人的にはあまり惹かれない。

すべてがちょっとずつ優しい世界

すべてがちょっとずつ優しい世界

 

さて、本書のあらすじは次のような感じ。

青森県に暮らす人見知りの激しい女子高生・いとは、思い切ってメイドカフェで働き始める。慣れない接客と激しい津軽訛り、さらに天然な性格でなかなかうまくいかないが、シングルマザーの幸子やお調子者の智美ら先輩、さらには心の広いお客さんたちに鍛えられ、少しずつ自信をつけていく。

そんな折、メイドカフェを所有していたオーナーが逮捕され、お店は閉店の危機に。果たしてメイドカフェは存続できるのか――。

ちょっと珍しいのが、今回の話には恋愛要素が一切ないこと。そもそも、主人公は(たぶん)共学の高校に通っているはずなのに、恋愛対象となりうる男子高校生のキャラクターが一切出てこない。男はいとの家族や社会人のお客さんばっかりなのだ。つまり、本書のテーマは純然に主人公・いとの成長だけに焦点があてられている。本書はすでに続編もあるのだが、もしかするとこちらのほうでは恋愛要素が入ってくるのかもしれない。

いとみち 二の糸 (新潮文庫)

いとみち 二の糸 (新潮文庫)

 

また、この話は3巻目『いとみち 三の糸』で完結している。おそらく1巻目が人気があったためだろう、2巻目からは単行本→文庫版という流れになっている。3巻目はまだ文庫化していない。

いとみち 三の糸

いとみち 三の糸

 

さて、『いとみち』は正統派青春小説なので、私が好きなミステリやSFのような突飛な展開や意外な結末などはない。ただ、文章に癖がなく、非常に読みやすい文体なので、サラサラと簡単に読み進めていける。

シナリオ展開は平凡だが、その分キャラクターはしっかり立っている。主人公のいとは「ロリかわいい」「人見知りで引っ込み思案」「激しい津軽弁訛り」、先輩の幸子は「キツめの顔」「しっかり者」「アラサーシングルマザー」、同じく先輩の智美は「ナイスバディ」「軽薄なお調子者」「マンガ家志望」と、メイン登場物の3人はしっかり役割分担されている。

ほかのキャラクターも「マジメな男性店長」「癖のあるオーナー(いとがお気に入り)」「津軽訛りが激しすぎて何言ってるかわからない、凄腕津軽三味線弾きのおばあちゃん」など、濃厚だ。それぞれの人物にバックストーリーが用意されていて、しっかりとキャラづくりが練られていることがわかる。メイドカフェのお客さんにも名前がちゃんとあり、活躍の場があるのも好印象だ。派手な展開がなくても十分面白く感じられるのは、このためだろう。徒花としてはあまり「ライトノベルっぽさ」は感じられなかったのが感想だ。

数年後には実写映画化されるのではないだろうかと徒花は予想している。個人的にはいと=能年玲奈、幸子=竹内結子、智美=仲里依紗、あたりをキャスティングしておきたい。まぁ、能年玲奈は事務所からの独立騒動で業界からの風当たりが強くなっているらしいので、映画の主役に抜擢される可能性はもうあまりないかもしれないが……。

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ともかく、質の高いエンターテイメント小説であることは間違いないので、新品で買っても損はしない。

というわけで、お粗末様でした。