本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

もがくゆとり作家。努力の集積 ~『拝啓、本が売れません』のレビュー

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本というのはメンドクサイ商品である。

  

もくじ

 
世の中には売れる本と売れない本があって、数だけみれば「売れない本」のほうが圧倒的に多い。
 
なにを以って「売れない本」とするかは意見が分かれるが、出版社の立場からいえば、最低限のラインとしては「黒字になる本」だ。「重版がかかった本」はまあおおむね制作費は回収できていると考えて問題ない(著者との契約内容や本のジャンル、値付けによってケースバイケースなので一概に言えないが)
 
世間を騒がすベストセラーを出すのもいいが、普通に出版したら赤字になりそうな本を、少なくとも制作費くらいはペイできるものにして世の中に送り出すのも編集者の仕事だと思っている。
 
ただ、売れていない(重版がかかってない)からといっておもしろくない本なのかというと、そういうわけでもない。大多数の人は興味がないけれど、ごくごく一部の人はメチャクチャおもしろく感じたり、資料的な価値があるので世の中に残しておくべき価値があったりする本も少なくない。

 

タガタメの本

 

拝啓、本が売れません

拝啓、本が売れません

 

 
さてこの本は、1990年生まれ「ゆとり世代」の小説家が、どうやったら自分の本が売れるようになるのか、その答えを探し求めていろいろな人の話を聞いていくエッセーだ。
 
この本はAmazonの発売日が3月20日で、発売からおよそ3ヶ月経っているが、ザッと調べてみたところ、どうも増刷はしてない気配(もちろん、著者も出版社も増刷を知らせていない可能性はなくはないけど、低い)Amazonレビューの数は16件(6月19日時点)と、そこそこの数がついているが、売れ筋ランキングで6万位台なので、振るっているとは言いがたい。
 
私としては、この本が振るわない理由のひとつはテーマにあると思う。私は何かのきっかけでこの本を見つけて、内容紹介を読んでおもしろそうだと思ったから購入した。けど、それは私が出版業界で働いているからだろう。

そう考えると、書店やAmaoznでたまたま見つけた人が購入するのは、以下のような人だろうか。
 
・出版関係者(編集者、書店営業、書店員)
・現役の小説家
・小説家志望
・著者のファン(著者の作品を読んだことがある人)
 
逆に、これらに該当しない人は、むしろどうしてこの本を読む気になったのか。これはぜひとも聞いてみたいところではある。

 

本が売れないことにほとんどの人は興味がない


この本で問題提起しているのは「本をつくっても売れない」ということだ。しかし、このことを問題視しているのは業界関係者だけで、世の中のほとんどの人は本が売れようが売れまいが「どうでもいい」と思っている。

たとえば、タイトルと内容が『拝啓、CDが売れません』『拝啓、DVDが売れません』だったら、私はそれを見て「へー、だろうね」で終わってたと思う。
 
要するに、この本はそもそも出版業界関係者という身内に向けて作られたものであって、狙いをそこにしてしまった時点で自ら売れる要素を捨てているように感じる。単行本にするんじゃなくて、どこかのWebコンテンツで連載ものとして読んだほうが楽しそうだ。

 

努力している人は嫌いになれない

 

ただ、ただ。

確かにこの本は売れないかもしれないし、業界関係者じゃないとあまりおもしろみを感じれないかもしれないけど、じゃあ出す価値がないかといえばそんなこともない。

 

苦しい状況の中で思うような結果を出せていない若者がいろいろ右往左往しながら努力しているのは、嫌いじゃない。なにより、この本自体がそうした向上心のたまものであり、まだ発売していない他社の新刊の試し読み原稿をけっこうなボリュームで掲載するというおもしろいこともしている。私はそういう心意気にシンパシーを感じる。

 

風に恋う

風に恋う

 

 

※この作品の冒頭部分がけっこう掲載されていた。残念ながらあまり趣味じゃないから多分買わないけど

 

 

個人的には好きだけど、この本を作るならエッセーではなくやはりフィクションの物語にしてしまうべきだったんじゃないかな、と思う。でも嫌いじゃない。そういう本なんだ。

 

今日の一首

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23.

月見れば 千々に物こそ 悲しけれ

わが身一つの 秋にはあらねど

大江千里

 

現代語訳:

月を見ているといろいろなことが悲しくなってくるものだ。

私ひとりだけに訪れた秋ではないけれど。

 

解説:

色恋沙汰や愛別離苦など、特定の物事を歌っているわけではなく、単に秋の訪れとその物寂しさをシンプルに歌っただけで、個人的には好き。詠み手の大江千里は監視の研究者だったため、「月」と「わが身」、「千々」と「一つ」で対比をつくる「対句」という技法を用いているのが特徴的。

 

後記

気づけば2週間近くブログの更新をさぼっていて、いろいろ忙しかったのもあるんだけど、真の原因は久しぶりにオンライン麻雀アプリにはまってしまっていたことがある。

 

麻雀というのは(けっこうガチで)あらゆるものに通じていると思っていて、将棋などほかのボードゲームではあまりない「打算する勇気」「勝つより負けない」「覚悟と翻意」など示唆に富んでいる。

 

でも、さすがにこれはまずいと思ったので、そこそこ段位が上がってたけどすっぱりアンインストールした。また本を読もう。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。