本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

興奮しちゃう ~『粘膜人間』のレビュー~

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健全な男子であれば、少なからず嗜虐性(サディスティックさ)は持っているだろうし、独断と偏見で言えば、とくに中学生くらいの年齢にはそういう妄想をするものだと思う。

 

もくじ

 

私の親は寛容だった


たとえば、私なんかは中学生くらいのころにはこういう本を読んだりしていた。まさに厨二病丸出しだ。

 

拷問の歴史 (Truth In Fantasy)

拷問の歴史 (Truth In Fantasy)

 
図説死刑全書完全版

図説死刑全書完全版

 

 
こういう本はけっこう高価なので親に買ってもらってたわけだが、今になって冷静に考えると、よく自分の子どもに平気でこんな本を買い与えるよなと思う。その意味において私の親は非常に寛容で、おかげで今の自分がいるのだろう。

 

粘膜人間


今回紹介するこの本は、端的に表現するなら、「男子中学生によくある嗜虐的な妄想を大人の文章力でしっかり仕上げちゃった作品」である。

 

粘膜人間 (角川ホラー文庫)

粘膜人間 (角川ホラー文庫)

 

 

あらすじ
「弟を殺そう」――身長195cm、体重105kgという異形な巨体を持つ小学生の雷太。その暴力に脅える長兄の利一と次兄の祐二は、弟の殺害を計画した。だが圧倒的な体力差に為すすべもない二人は、父親までも蹂躙されるにいたり、村のはずれに棲む“ある男たち”に依頼することにした。グロテスクな容貌を持つ彼らは何者なのか? そして待ち受ける凄絶な運命とは……。第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した衝撃の問題作。


物語の舞台設定は軍人さんが威張り散らしている太平洋戦争中の日本をベースにしているが、「常軌を逸した体格の子ども」「異形の怪物」「実在しない薬物」などを登場させることにより、フィクションであることを読者に意識させている。

 

白眉はヒロインの虐殺シーン


そして物語のそこかしこにあふれるのはバイオレンスエロスグロテスク。それらを容赦なくぶち込んできているので、そういうのが嫌いな人は吐き気を催すほど激しい嫌悪感を抱くのは間違いない。言い換えれば、それはそれだけエッジの利いた作品であることの証左でもある。


とくにそれが顕著に現れるのは、本作のヒロイン的な立ち位置にある清美という女性が、軍が独自に開発した拷問用の薬「髑髏」を投与されたとき描写。この「髑髏」という架空の薬は、投与すると「自分が殺されるのを疑似体験させる」効果を持っている。そのため、そこそこのページを割いて、徹底的に清美が残虐に殺されるのを丁寧に描写しているわけだ。


ここの部分を読んでどのような感想を抱くかが、この作品を気に入るかどうかの分水嶺になると思うのだが、もちろん私はここで一種性的な高揚感みたいなものを覚える(つまり興奮しちゃう)

 

わかる人にはわかるはずと信じたい


客観的に文章にしてみると「こいつキモいな」と自分のことながら引いてしまうが、これが正直な感想なんだから仕方ない。でも、この『粘膜人間』をおもしろく読めちゃう人間は、絶対に私と同じような感覚を抱いているはずなのだ。誰もそれを口にしないだけで。

※アダルト作品なんかだとそういったサディスティックさを前面に押し出したものもあるが、それだけがメインになってしまうとそれはそれでちょっと冷めてしまう自分もいる


そして、ここがたぶん重要なんだけど、私自身はこういう嗜虐的な文章は書けない(と思う。書いたことがないからわからないけど)。その理由の一つにはもちろん文章的な技量の至らなさもあるけれど、それと同じくらい「文章にした瞬間にこんなことを書いている自分をばかばかしく思う」自分がいるのだ。

 

文章というのはそもそもそういう性質を持っていて、文章になったとたん、それが自分の考えだとしても、それを客観的に眺められてしまう。そこで冷静になって思いとどまってしまうか、それともそのまま出せちゃうかが、小説家として物語を書けるかどうかの要素の一つであるようにも思うのだ。


だからこそ、この要素を全開にして、しかもそれを出版社に送りつけ、大賞を受賞して世に出してしまう飴村氏とこの作品には(もちろん嫌味でなく率直な)賛辞を贈りたい。


というわけで、誰にでも気軽におススメできる本ではないが、この記事を読んで少しでも私に共感できるような人間であれば、まず満足できる作品だろう。

 

あ、ちなみにホラー小説というくくりにはなっているが、怪談とか都市伝説のような「夜シャワーを浴びれなくなる」ような怖さはまったくないので、その部分で期待してはいけない。むしろ、終わり方はなんと言うか……打ち切りになった少年マンガのようで、変に爽やかな読後感があったりして笑えてしまう。

 

今日の一首

 

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70.

 淋しさに 宿を立ち出でて ながむれば

いづこも同じ 秋のゆふぐれ

良暹法師

 

現代語訳:

人恋しくなって家を出てあたりを眺めてみたけど

どこも同じように淋しげな秋の夕暮れが広がっている

 

解説:

詠み手の良暹(りょうぜん)法師はもともと比叡山の僧だったが、晩年に人気のない京都の大原というところに移り住んだときの心情を詠んだもの。諸説あるようだが、「秋の夕暮れ=さびしいもの」という印象を定着させたのはこの歌だとされている。

 

後記

 

読書会を主催してみることにした。

特に大それた理由はなくて、ただなんとなく、自分で主催してみようかなという気持ちが沸き起こったからだ。

 

私もいくつかの読書会に参加したことがあるのだが、今回は初めてということなので、なんの縛りもない自由な読書会にしたいと思っている。バリバリのビジネス書だけを読む人でもいいし、逆に小説以外は読まない人もいていい。ただ、実際にやってみるといろいろ不都合とかも出てくるかもしれないので、とりあえず一回やってみて、第二回も開催しようと思ったら、のちのちそこらへんは修正していくかもしれない。

 

私はこれまでネットでは顔出しもせず、人と直接会うのも避けてきたが、30歳になったということもあって、自分のなかで心境も変化してきている。おそらく、読書家の人のなかには私のようにリアルで読書家の人たちと触れ合ってみたいけど二の足を踏んできた人も少なくないと思うが、やるからには絶対に満足できる読書会にしたいという意気込みはあるので、もし興味がある方がいたらぜひとも参加してみていただきたい。

 

参加はこちらから。

bookmeter.com

 

読書メーターのアカウントを持っていない人でも、このブログのコメントやTwitterのリプ・DMなどでご連絡いただければ参加を受け付けます。