本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『大相撲殺人事件』を読んだだけだ

ちょっと前にTwitter「あらすじがおもしろすぎる」と話題になっていたこの本を読んだ。

 

大相撲殺人事件 (文春文庫)

大相撲殺人事件 (文春文庫)

 

 

 

もくじ

 

※ただし図書館で借りたので、実際に読んだのは文春文庫ではなくハルキ・ノベルスの新書サイズ版だけど(内容に変更があるのかは不明だが、他の人のレビューを見る限り、おそらく内容は変わってないはず)

 

大相撲殺人事件 (ハルキ・ノベルス)

大相撲殺人事件 (ハルキ・ノベルス)

 

 

もんだいのあらすじ

 

問題のあらすじは、ハルキ・ノベルスのほうが長い。

 

 

由緒ある歴史を誇る相撲部屋・千代楽部屋を訪れたアメリカの青年・マーク。ひょんなことから力士となるべく部屋住みの身となった彼だったが、そんな彼を待っていたのは相撲界に吹き荒れる殺戮の嵐! 立ち会った瞬間爆発する力士の身体、頭のない前頭の惨殺死体、連日順調に殺されていく対戦力士、女性が上がれないはずの土俵上に生じた密室状態、身体のパーツを集めるかのごとく発生する連続殺人、洋館に集まった力士たちを襲う見立て殺人……。マークの名推理が土俵の上に冴えわたる! 新本格の旗手が送る長変格ミステリ登場。

 

基本的には文春文庫のほうが洗練された文章だけど、「連日順調に殺されていく対戦力士」の表現はなかなか捨てがたい魅力がある。

 

死んでる力士は総勢23人(たぶん)

 

実際、この話では総勢14名の力士が次々に殺されていくし、もっと言ってしまえば、この本だけで総勢24人の相撲関係者(一人は神主だけど)が殺されてしまうので、相撲業界存亡の危機くらいの勢いなんだけど、そこらへんはあまり深く突っ込まれもせずに物語は進んでいく。

 

連作短編形式なので、収録作品を簡単に紹介していこう。

 

第一話 土俵爆殺事件

アメリカからやってきた若者マークは、大学と間違えて相撲部屋の門戸をたたいてしまうが、センスがあるので半分騙されながら相撲取りへの道を進まされることになった。そんなとき、同じ千代楽部屋の大関・暁大陸(ぎょうたいりく)に脅迫状が届き、彼の立会でいきなり爆発が起きてしまう。いったいなぜ、なにが爆発したのか? その模様をテレビ中継で見ていたマークは、あっという間に真相を突き止め、トリックを暴く。

一応殺人事件は発生するが、どちらかというとマークの紹介がメインで、トリックはあっさり暴かれる。トリックそのものはおもしろい発想だし、あまり引っ張らず簡潔に終わらせるのも好印象。

 

第二話 頭のない前頭

千代楽部屋で修行中、部屋の力士のひとり千代弁天(ちよべんてん)が風呂場で頭を切り落とされて殺されていた。離れにある薪式の風呂は密室状態で、誰も入れたはずがない。誰もが頭を悩ます中、またしてもマークが片言のまま、鮮やかに真相を解き明かす。

ひとつはほしい密室もの。ただし、トリックのおもしろさでは前話に劣る。また、このころはまだ御前山(おまえやま)というコメディリリーフが本領を発揮する前なので、笑いや突拍子のなさという点でも突き抜けたものがないので、収録作品のなかでは一番おもしろくなかった。

 

第三話 対戦力士連続殺害事件

いよいよ正式に角界入りし、幕ノ虎という四股名をもらったマーク。しかし、なぜか立ち会う予定の対戦力士たちが次々と謎の死を遂げ、不戦勝ばかりが積みあがっていく。いったい、誰が何の目的でマークの対戦者たちを血祭りにあげているのか? 謎が謎を呼ぶなか、親方の娘・聡子が事件のカラクリを見破った!

ここらへんからバカミスとしての本領発揮。あまりにもどんどん殺されるので事件の描写も簡素だし、本作のキモである動機もバカバカしいことこの上ない。また、このあたりから御前山が徐々に存在感を発揮してくる。ちなみに、聡子はいちおうワトソン役のキャラクター。

 

第四話 女人禁制の密室

新しい国技館を見学しにやってきた聡子・マーク・御前山たち。だが到着すると、国技館の前で新しい女性市長ひきいる女性陣が「女性だから土俵に上がれないのはおかしい」と抗議活動をしていた。彼女らと聡子は一緒に、国技館の中で祝詞の儀式を上げている神主に抗議に行こうと暗闇の国技館に潜り込んだが、離れ離れになってしばらくすると、なんと神主が土俵の真ん中で絞殺されていた。容疑者は全員女性だが、当然ながら土俵に上がれるはずがない。この壁がない密室で、いったい誰が神主を殺したのだろうか……。

おそらくこの話がバカミスとしての真骨頂。当然ながら、別に土俵が壁で囲まれていたわけではないので、物理的には誰でも殺害できる状況であるが、「土俵に女性は上がってはいけない」という相撲のルールによって無理矢理“密室”に仕立て上げている。そもそも推理する意味があるのかすらよくわからない状況だが、とりあえずロジックはちゃんと立てて解決するあたりはミステリーなのである。そして御前山が調子に乗り始める。

 

第五話 最強力士アゾート

またもや力士の連続殺人事件が発生。しかも、死体からはそれぞれの力士が強みとしていた体の一部が奪われていた。そんななか、千代楽部屋は龍悦部屋との合同合宿のために温泉地に赴くが、そこで龍悦部屋の霞花巻関が殺され、左足が奪われていた。彼がひとりで修行していたのは宿から離れた山奥で、関係者全員にアリバイがある。犯人はだれか? そして死体の一部を集めた理由は、最強の力士アゾートを作るためだったのか?

占星術殺人事件』をオマージュした『六枚のとんかつ』のオマージュかと思ったが、作品名こそ作中に出てくるものの、じつはトリック自体はそんなに関係がなかったり、そしてラストがちょっとシリアスだったり。

 

第六話 黒相撲館の殺人

雨の山中で道に迷った千代楽部屋一行は、不気味な館にたどり着く。大の相撲ファンであるという館の主人によれば、この館は歴史の闇で暗躍していた暗殺集団「黒力士」たちの怨念が集った場所であり、じつは長い因縁がある千代楽部屋を恨んでいるらしい。すると、いつのまにか千代楽部屋の力士たちを暗示するような童歌のようなものが描かれ、その通りにどんどん密室などで力士たちが殺されていく。本当に、黒力士たちの亡霊の仕業なのか? マークがたどりついた答とは?

最後の最後にまさかの歴史ミステリー(というか改変SF)のような展開を持ってきて、しかも小栗虫太郎氏の『黒死館殺人事件』をオマージュした館もの。なんかいい感じのエンディングにしている感じはあるが、冷静に読むと、まるでウチキリマンガのような結構むちゃくちゃな終わり方である。でもそれがまたいい。

 

著者コメントがまた秀逸

 

ハルキ・ノベルス版の場合、カバー折り返しのところに著者紹介と一緒にコメントが載っている。それがまた秀逸だったので紹介したい。

 

大相撲と本格ミステリ――一見遠い世界のようで、実は互いに相通じるものがあることに気づきました。伝統と格式を重んじる世界は、新しい小説の形式を試せる格好の舞台でもあります。作中の登場人物たちは気に入っています(アメリカ人が探偵役なのは若干不本意ですが)ので、またの再会もあるとよいなと思っています。

 

一見するとマジメなのかネタなのかちょっと判断に迷う文章なのがいい。もし、ここで下手にネタに走って読者ウケを狙った文章にしていたら、一気に白けてしまうところだった。ほかの作品も読んでみようかなと思う。

 

マヤ終末予言「夢見」の密室 (祥伝社文庫)

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ネメシスの虐笑S (講談社BOX)

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今日の一首

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30.

有明の つれなく見えし 別れより

暁ばかり うきものはなし

壬生忠岑

 

現代語訳:

明け方の月すらそっけなく見えたあの別れ以降、

夜明け直前の暁の時間は超憂鬱になる。

 

解説:

有明の」は月が省略された言葉で、とくに旧暦16日以降の夜明け前に残っている月を指している。もちろんこれは、女性のところに言ったのにそっけなく断られたから月までそっけなく見えたということなのだが、藤原定家は別の解釈もしている。夜明け前ということはいとしい女性と別れなければならない時間なので、別れを告げる月がそっけなく見えて、恨めしく思っているという読み方だ。ただ、この歌はもともと『古今和歌集』の「会わずして帰る歌」に収められていたようなので、やっぱり前者の解釈のほうが自然なように思う。

 

後記

 

私は常々、世の中の「カン」「直感」というのは、うまく言語化できない正解パターンであるような気がしている。

 

たとえば「メンタリスト」や「マジシャン」などと呼ばれるような人々は、目の前の人間のちょっとした目線の変化とか指の動きとかを敏感に察知して、相手の言動を予想したりする。でもそれは、自分がそれをしっかり察知できていると自覚しているからこそ、職業として活かすことができるわけだ。

 

でも、その域まで達していなくても、経験や生まれ持った感覚から、目の前の人の感情の動きとか、世の中全体の流れとか、果ては自然災害とか、そういうのを自覚しないまま鋭敏に察知して、行動できる人もいる。

 

私の仕事は本を作ることだが、いくら過去の類書データを調べ、アンケート調査をして、世の中のニーズをつかもうとしても、最終的に自分が作った本が売れるかどうかは出してみるまでわからない。これはほかの業界でも同じだと思う。

 

でも世の中には、何冊ものベストセラーを作る豪腕もいるわけで、別にそういう人たちはなにかテクニックがあるわけではない。むしろ、上手く言語化できない「成功の感覚」みたいなものを一度体が覚えているんだろう。(もちろん、その土台は圧倒的な行動量と地道な努力なのだが)

 

で、私は「感覚」は自分で鍛えることができると思っている。それは簡単なことで、「何かを予想してその結果をフィードバックする」を繰り返せばいいのだ。

 

何を予想するのかは、ぶっちゃけなんでもいい気がする。たとえば「明日の天気」でもいいし、「目の前の人がどの駅で降りるのか」でもいいし、「平昌五輪直前に北朝鮮が軍事パレードをするか否か」でもいい。

 

ただ、ポイントは「自分の予想が当たったか外れたかが確認できる」という点だ。そしてもちろん、予想するからには毎回真剣に当てるつもりで考えなければならない。できれば、なぜ自分がそのような予測を立てたのかをほかの人に説明できるくらい論理武装できるとよろしい。

 

私はこのようになにかを「予想するクセ」はすごーく、すごーく大事なことだと思っている。というのは、多くの人はこのことをやっていないからだ。世の中のほとんどの人は「評論家(結果が出てからああだこうだと分析する)」か「傍観者(なにも考えてない)」でしかない。

 

たとえば私は、ビジネス系の新刊がいくつか出ると、どれが一番売上の数字がよさそうか予想する。タイトルをメモして、出社したときにパブラインで確認したりするわけだ。

 

売れてる本か見分けるなんて簡単そうに見えるが、自分が目をつけた本が思った以上に売れていなかったり、逆にまったくノーマークだった本が売れていたりすることはよくある。まだ、もう少し修行が必要みたいだ。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。