本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

「怖い絵展」でモッサに惚れる

「怖い絵」展に行ってきた。

 

 

もくじ

 

 

本好きの人はご存知だろうが、この展覧会はもともと中野京子氏のベストセラーシリーズ『怖い絵』がベースになっていて、この展覧会でもところどころで、中野京子氏による解説がある。

 

怖い絵 (角川文庫)

怖い絵 (角川文庫)

 

※まったく余談だが、たまに「中野京子」と「中野信子」の2人が頭の中で混じる

 

目玉作品はやっぱり実物で鑑賞するべき

 

この展覧会の目玉はもちろん、ポスターになっている『レディー・ジェーン・グレイの処刑』だ。これは、権力争いに巻き込まれたがゆえに、9日間だけ女王に在位したのち、大逆罪で斬首された悲劇の女性を描いている。

 

実物はかなり大きく、しかもすごくきれいな絵だった。中央のレディー・ジェーン・グレイは白い肌に白い服を着ており、黒ずんだり影にかかっている周囲の人物と比べると、まるでキリスト教における聖人のような存在感を放っている。かなりきれいな絵だった。

 

ちなみに、ポスターなどのキャッチコピーには「どうして?」と、まるでジェーン・グレイが自分が処刑される境遇に戸惑っているような印象を与えている。だが、中野京子氏の解説を読むと、どちらかというと、自分の運命を受け入れ、潔く処刑に臨もうとする姿であるようだ。

 

有名画家の絵がけっこうある


この展覧会ではほかにも、エドヴァルド・ムンク、オディロン・ルドン、ジェームス・アンソール、ウィリアム・ブレイク、ゴヤ、ポール・セザンヌなど、有名どころのちょっとおどろおどろしい絵も飾られている。あと、画家自体はそんなに有名ではないが、ヨハン・ハインリヒ・フュースリーの『夢魔』があったのはちょっとうれしかった。

 

個人的に気に入ったのは、ジョン・バイアム・リストン・ショーの『人生とはこうしたもの』と、ジョセフ・ライトの『老人と死』。前者はシュールレアリスムっぽさもある、意味のわからない不条理さが1枚の絵の中に凝縮されている幹事が好き。後者は、怖さとコミカルさを上手く表現したもので、おじいさんの表情が絶妙。

https://cdn.bijutsutecho.com/wp-content/uploads/2017/10/06182716/469efc577d3b0edd6ef8107dbad9dea91-877x600.jpg

https://cdn.bijutsutecho.com/wp-content/uploads/2017/10/06180235/8ca03c1906b7b42222579dc0353e5fba-807x600.jpg

どちらも画像はこちらから拝借

 

モッサの破壊力!


とはいえ、今回の展覧会の中で私が一番気に入ったのは、ギュスターヴ=アドルフ・モッサという画家だった。2度の世界大戦を経験して1971年に没したわりと最近の画家。

 

代表作は『飽食のセイレーン』で、簡単に説明すれば人面鳥体の怪物がアップになってこちらを正面から見ている絵なのだが、能面のような表情と、意外にも鮮やかな色使いに、静かな狂気を感じ取れる。(残念ながら、まだなくなって日の浅い画家なので、絵は各自でネットで検索して探してみて欲しい)

 

テーマは『オデュッセイア』に登場する海の怪物で、絵画の左側に豚を模したモチーフが描かれていることから、魔女キルケー以降の流れを描いているものだと思われる。これが怖い絵展で見れる。

 

イリアス・オデュッセイア (まんがで読破)

イリアス・オデュッセイア (まんがで読破)

 

 

 

もうひとつ印象的なのは『彼女』というグロテスク・エロティシズム・カニバリズムを組み合わせた絵。死体の山の上に素っ裸の女性がなまめかしい姿勢でこしかけ、こちらを正面から見つめている絵。

こちらは『飽食のセイレーン』とは異なり、特にモチーフはないと思うのだが、画家独自の世界観の中で女性が持つ怜悧さ・残酷さを描き出しているように思う。

 

どちらもインパクト抜群だった。

とはいえ残念ながら、モッサという画家はあまり知名度がないようで、彼について書かれた日本語の書籍がまったくない。この機会に、どこかの美術系出版社が出してくれないかしらん(チラッ


あ、ちなみに展覧会そのものは入場規制がされていて、週末は基本的に最低でも120分は待つと考えたほうがいい。しかし、待つ価値は十分にあった。

 

ついでに本のレビュー

 

余談だが、美術に関連してこちらの本を最近読んだ。

 

世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」

世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」

 

 

まだ出たばかりの本で、そこそこ売れている。そして実際、内容は悪くない。古代から近世くらいまでの西洋史の大まかな流れをざっくり、わかりやすくつかめる良書だった。

 

しかし、やっぱり気になるのはタイトルである。「世界の」「ビジネス」「エリート」というのは、最近のビジネス書のタイトルやキャッチコピーでは頻繁に使われる用語で、要するに、その本の内容が世界のビジネスの基準に合致していることを表現しているわけだ。

 

この本の場合、メインメッセージは

「欧米のエリートたちは単に仕事ができるだけじゃなくて、美術史みたいなリベラルアーツもしっかり身につけているんだよ。だからお前らみたいなしょぼい日本のサラリーマンも、西洋美術の基礎知識くらい持ってろよボケ」

ということである。

 

私は単純に元々西洋美術が好きで、この本が目に付いたから購入したわけだが、果たして美術に興味がない人がこの本の狙い通りに本を買うのだろうか。そもそも、「西洋美術史を知っている」ことと「経済的な成功を収める」ことの因果関係があるというエビデンスもなければ、たとえ相関関係があったとしても、因果関係がどのような順番になっているかによっても、西洋美術史を学ぶことがビジネス上のメリットにつながるといえるのかは変わってくるわけで、そのことをあまり深く考えずに飛びついてしまうこと自体、考えが浅はかで、とても経済的な成功に縁があるとも思えない。

 

しかしその一方で、もしかすると、この本がそこそこ売れていることは、そのように短絡的な思考回路で財布のひもを緩めてしまうありがたい読者が少なからずいることの証左かもしれないし、そのような消費者の存在が出版業界を支えているのかもしれないというのは、希望というよりも絶望に近い。

 

西洋美術が一般化するのは悪くない。でも、こういうタイトルと煽り文で売れるのは、なんとも微妙な気分になる。早く寝よう。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。