本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『横浜駅SF』のタイトルに対する20の壮大な考察

読みました。

 

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

 

 

増殖を続ける横浜駅が日本の大部分を侵食しちゃった!という小説。

 

もくじ

 

いろいろなんやかんや言われた部分もあるみたいだけど、 読みやすさとSFチックさ、それにストーリーの奥深さなんかが適度にライトでバランスがよく、楽しめた。もうコミカライズもされている。

 

横浜駅SF(1) (角川コミックス・エース)

横浜駅SF(1) (角川コミックス・エース)

 

 

しかし問題がある。タイトルだ。『横浜駅SF』の「SF」とは何を表現しているのか?私は最初、疑問を思っていなかったが、読書メーターを見ていたらこれに対する考察があったので、私も考えてみた。

 

SFはなんの略称か?


1.Science Fiction(空想科学)説

もっともオーソドックスな考え方である。しかし、これではヒネリがない。


2.Space Fantasy(宇宙幻想)説

SF小説のさらに細分化されるジャンルに「スペースオペラ」というものがあって、要するに宇宙を舞台にした物語のことなのだ。本作で宇宙は舞台にならないが、登場人物のひとりが宇宙に行くことを夢見ていたので、その意図をタイトルで汲んでいるのかもしれない。


3.Speculative Fiction(空想思索)説

人や時代で定義は変わるが、これは空想科学小説に哲学的要素が付加された作品だと考えてもらえればいい。Science Fictionの場合、「人間とは何か」「幸福とは何か」「社会とはどうあるべきか」という人類共通の悩みが裏テーマとして掲げられていることが多い。

本作の場合、「永遠に完成しない横浜駅こそが完成系である」という執筆の端緒を人間社会や人間の一生と結びつけ、「私たちは常に変わり続けているからこそ、人間として完成形であり続けている」という深遠な哲学を人々に伝えている一冊といえるかもしれない。


4.Stored Fare(運賃)説

そもそも今回のブログをこの方針で行こうと思ったのは、読書メーターで同じく本書を読んだ人のコメントに「タイトルのSF=Stored Fare説」のくだりがあって、「なるほどね」と思ったからだ。

本作ではSuika(Suicaではない)が横浜駅で生きていくための重要なアイテムとなっていて、このような非接触ICカードにデジタルデータの禁煙情報が入っている(つまりチャージされている)状態のことをSFと略するのである。

ちなみに、Suicaでは最初にカードを作るときに500円(作中では50万ミリエン)のデポジットをとられるため、使わなくなったSuicaは払い戻し手続きを行えば500円が返ってくる。ただし、そのカード内にチャージ残額があり、それを現金化してもらおうとすると220円の手数料が取られてしまうので、払い戻しをしてもらう場合は何かでチャージ残高を使い切ってからのほうがいい。


5.Sacrifice Fly(犠牲フライ)説

いわゆる野球の犠牲フライのこと。

自分がアウトになってもいいからチームのために得点を加える行為はまさにチームプレイの鑑だ。本作においては……ネタバレになるのであまり語れないが……横浜駅の支配から人類を解放するためにいろいろな犠牲が付きまとったり付きまとわなかったりする。そこらへんを古のスポーツ・野球にたとえてもおかしくはない。


6.Strike Force(攻撃部隊)説

本作に明確な軍事組織は登場しないが、まだ横浜駅に飲み込まれていないJR北海道およびJR九州は独自の組織を編成して対横浜駅防衛線を築き、駅構内に潜入したりするなど、実質的な軍事行動をとっている。本作における主人公は2人いるのだが、うちの一人はJR九州に所属し、武器としてポンプ銃(いろいろなものを弾丸代わりにできる武器)を持っている。また、彼は途中で仲間と行動をともにしたりするので、この可能性は捨てきれない。

もしくは、増殖を続ける横浜駅そのものをひとつの軍隊とみなして「Strike Force」と表現しているのかもしれない。


7.SUPER FORMULA(スーパーフォーミュラ)説

これは日本で開催されているカーレースの名称で、作中にまったく自動車が出てこない本作とは全く関係ないような気もする。だが、このレースを主催している企業、日本レースプロモーションの略称は「JRP」なのだ。このつながりは無視できない。

また、じつは「フォーミュラ」には「空虚な言葉」という意味もある。増殖を続ける横浜駅そのものがもはや「駅」という本来の役割を脱し、日本全土を飲み込むことでこの言葉を空虚なものにしていることを揶揄しているのであろう。


8.Supreme Fascist(至高のファシスト)説

ニコニコ大百科によれば「ポール・エルデシュが提唱した、数学的真理を知悉するほどに至高にして、靴下やパスポートを隠すほどに低劣な存在」であるという。

この人物はニコニコ大百科によれば「数学界の妖精さん」であるらしく、「4歳の頃には家族がこれまで何秒間生きてきたか計算できた」という仰天のエピソードも書かれている。かなりの奇人だったようだ。

要するに、これは彼なりの「神」の表現方法であって、まさにこの物語の中で荒ぶる神のように君臨する「横浜駅」をSupreme Fascistと表現することにはいささかの問題もないだろう。


9.Small Forward(スモールフォワード)説

バスケットボールの試合でドライブ、シュート、リバウンド争いなどに対応し、かつカットインやポストプレーなど高いボールハンドリングスキルをもってスティール、ブロックをもこなし、フィジカルの強さでシューティングガードやスウィングマン、ウイング、ポイントガード、ポイントフォワード、ストレッチ・フォーなどと同様の働きをするコーナーマン的なポジションである。

本作品にバスケットボールは一切出てこないが、異物の排除のために動き回る自動改札を巧みに交わしながら、なにか秘密がある42番出口へ向かう主人公の動きはまさにスモールフォワードさながらである。また、エキナカに暮らす人々は栄養状態や日光不足からか体が小柄になってしまう傾向があるので、そこを含んでの「スモール」という可能性も捨てきれない。


10.Sigmoido Fiberscope(S状結腸内視鏡)説

これは肛門から大人の指くらいの太さの内視鏡ケーブルを挿入し、腸内の病変組織やポリープなどを探す検査のこと。検査自体は20分程度だが、処置前後に回復質で安静を要するため、実際の所要時間は1時間程度を見積もったほうがいい。

横浜駅の構内はまさに小腸のようにうねうねと曲がりくねる複雑な構造をしている。そのなかを突き進みながら根源となる箇所を探す主人公は、まさにSigmoido Fiberscopeのようで、著者がそれを意識していた可能性は十分にありえるだろう。


11.Sound Factory(サウンドファクトリー)説

駅で電車が発着するときに鳴るメロディ。JR東日本でそれらのメロディ制作を手がけていた会社の一つが「サウンドファクトリー」という会社である。Wikipediaの情報によれば、この会社は2012年ころから電話がつながらなくなり、Webサイトも更新されていないため、消滅説がうわさされている。もしかすると、横浜駅増殖のカゲにはこの企業の存在があるのかもしれない。


12.San Francisco(サンフランシスコ)説

横浜なのにサンフランシスコとは「これいかに?」と思うかもしれない。タイトルが『横浜駅サンフランシスコ』になってしまうからだ。

しかしよく考えて欲しい。歴史を振り返ると1867年1月24日(慶応2年12月19日)、太平洋横断の定期航路の第1船コロラド号が横浜に入港し、アメリカの太平洋郵船会社がサンフランシスコ-香港航路を開設。その往復の途中に横浜に寄港することになったのである。つまり、太平洋を隔ててサンフランシスコと横浜はつながっていたのだ。

それだけではない。ネットで少し検索すると、横浜とサンフランシスコの共通点がうじゃうじゃ出てくる。少し列挙しよう。

●ベイブリッジとゴールデン・ゲート・ブリッジ
●ベイサイドマリーナとフィッシャーマンズワーフ
●横浜中華街とカリフォルニアチャイナタウン

などなど。

ここから導き出せる結論は一つしかない。『横浜駅SF』は横浜駅の構内を舞台にしているように見せかけながら、じつはその舞台がアメリカであるという推理だ。そもそも、「横浜駅」などは明らかに読者のミスリードを狙った言葉だ。ネタバレになってしまったかもしれないことは申し訳なく感じるが、おそらく今後、この展開が待っていると思う。


13.Spontaneous Fission(自発核分裂)説

これは質量数が非常に大きな同位体に特徴的に見られる放射性崩壊の一種で、原子量が約230amu(トリウム付近)以上の原子に限って起こるとされる。この特徴はその名前の通り、とくに原因があって起こるわけではなく、もともと不安定な原子核に量子の揺らぎが影響して、自発的に核分裂を起こすのだ。そして、一度起きた核分裂反応が連鎖し、指数関数的に反応が増大するのは皆さんご存知の通りである。

横浜駅は無機物を取り込みながらつねに連鎖的な工事(変化)が起こり続けている。この隠しタイトルからわかるのは、じつはそれが人の手による陰謀云々ではなく、むしろ鉄道ネットワークをシナプス代わりにして自我を得た一つの生命体としての「横浜駅」が自発的な増殖を続けている可能性を示唆しているのではないだろうか。


14.Social Functioning(社会生活機能)説

QOL(Quality of Life:生活の質)を計測する場合、簡単なものだと8の健康概念から調査・判別を行うことができる。すなわち「身体機能:RF」「日常役割機能(身体):PR」「体の痛み:BP」「全体的健康感:GH」「活力:VT」「日常役割機能(精神):RF」「心の健康:MH」、そして「社会生活機能:SF」である。これは家族・友人・近所の人など、自分以外の人間との接触・コミュニケーションが円滑に行えているかどうかを測る項目と考えてもらえれば差し支えない。

本作の場合、横浜駅構内では現代社会とは異なるエキナカ社会が展開されており、通貨や自由、人権、暴力といった概念も変質している。横浜駅の外で暮らす人にとってそうした異質な暮らし方は解放するべきネガティブなものとして受け取られることもあれば、駅に管理される楽さを追求し、憧れの対象となることもある。人間にとって本当に社会生活機能を高めるとはどういうことなのか、その疑問を投げかけるのが本書の新のテーマなのかもしれない。


15.Safety Fireworks(安全花火)

公益社団法人日本煙火協会(JPA)は花火を安全に使うために、品質の安全基準となるSFマークをつけている。これは同協会が行う検査に合格した国産流通製品につけられ、まさにこれは安全性の証であるといえる。

じつは、fireworksには「感情の爆発」などの意味もある。つまり「感情の爆発の安全性」だ。完全に意味不明である。だが考えれば考えるほど完全に意味不明な感情の爆発の安全性は増殖を続ける横浜駅でそこで暮らす人々や登場人物たちを体現している言葉のような気がしてくるものだから不思議である。


16.Synovial Fluid(滑液)説

滑液というのは関節の関節腔を満たしている液体のことで、関節の動きを滑らかにし、骨と骨との摩擦を軽減する働きを担っている。滑液の分泌は加齢とともに減少するとされている。作品とはまったくなにもつながりはないが、可能性の一つとして有力視されている。


17.Steel-Fiber Reinforced Plastics(鋼‐繊維強化プラスチック)説

これは危険物を貯蔵するタンクなどの使われている構造で、「SF二重殻タンク」などと称される。名前の通り、鋼でできたタンクの上に強化プラスチックを被覆することで、日本SF二重殻タンク協会も存在する。

日本SF二重殻タンク協会

現在も活動しているのかは知らない。


18.sforzando.(スフォルツァンド)説

「力をこめて強く」という意味の演奏用語。楽譜には「SF」と描かれる。「F(フォルテ)や「FF(フォルテッシモ)」とどう違うのかがちょっとわかりにくいが、前者が「その音だけを目立たせる」ことを目的としているのに対し、後者は音量のみならず表現上の強弱を示すためにも使われているようで、わかったようなわからないような違いがある。

本作には楽器や音楽に関する内容は一切微塵も出てこないが、『横浜駅スフォルツァンド』だったらちょっとカッコいい。


19.Shin-seihin Fukyuukai(新製品普及会)説

1970年前後、「新製品普及会」という団体がいた。彼らは会場を借りて主婦たちを集めて試供品を提供。客席を暗くして音楽で盛り上げ、熱狂の渦を作り出し、いつのまにかベッドや高額商品を交わせていた。自己啓発セミナーや催眠術の手法を交えて効果的に売りぬく彼らの手法は「SF商法」と呼ばれ、当時からそのやり口や、売っている商品の品質が問題視されていたのだ。


20.Sukoshi Fushigi(すこし・ふしぎ)説

『ドラえもん』で有名なマンガ家、藤子・F・不二雄はSFっぽいマンガもいろいろ描いた。しかし、彼は科学技術には詳しくないので、科学的なロジックや裏づけなどは描かれていない。そこで、藤子先生は自らのそうした作品群を「SF(すこし・ふしぎ)」作品と茶目っ気たっぷりに自分で定義したのである。

 

章タイトルの元ネタ

 

余談だが、本書は各章のタイトルがすべて、SF(これはサイエンス・フィクション)の名作をもじっている。一応、紹介しておこう。

 

1章 時計じかけのスイカ

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

 

 

2章 構内二万営業キロ

海底二万海里 (福音館古典童話シリーズ)

海底二万海里 (福音館古典童話シリーズ)

  • 作者: ジュールヴェルヌ,A・ド・ヌヴィル,Jules Verne,清水正和
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 1972/10/20
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3 アンドロイドは電化路線の夢を見るか

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

  • 作者: フィリップ・K・ディック,カバーデザイン:土井宏明(ポジトロン),浅倉久志
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1977/03/01
  • メディア: 文庫
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4 あるいは駅でいっぱいの海

どんがらがん (奇想コレクション)

どんがらがん (奇想コレクション)

 

(収録作品の一つ『さもなくば海は牡蠣でいっぱいに』 は、初邦訳されたときは『あるいは牡蠣でいっぱいの海』だった)

 

5 増築主の掟

造物主(ライフメーカー)の掟 (創元SF文庫 (663-7))

造物主(ライフメーカー)の掟 (創元SF文庫 (663-7))

 

 

6 改札器官

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

※あくまでも徒花の知識と調べた範囲で「たぶん元ネタはこれだろ」というものなので、間違っているかもしれないけれど悪しからず。

 

 

今日の一首

 

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69.

嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は

龍田の川の にしきなりけり

能因法師

 

現代語訳:

嵐が吹き散らした三室山のもみじが龍田川を覆いつくして、

まるで錦織のような豪華さだよ

 

解説:

三室山も龍田川も奈良県の紅葉の名所だが、じつは地理的にかなり離れていて、三室山のもみじが龍田川にいくことはありえない。つまり、2つの名所を組み込みながら実際にはありえない情緒あふれる歌を作り出した想像力で作った歌。

 

後記

私は「あとがき」はあまり必要ないと考えている。とくに小説の場合は。最悪なのが、著者が自分でその作品を生み出すまでの苦労話とか裏設定とかをセルフ解説してしまうケースだ。別の人が「解説」としてそのような内容を書いたり、もしくは別にインタビュアーを立てて対談形式にすればまだわかるが、著者が本編外のところでさらに作品の話をするというのは、その部分を読んだ時点で辟易としてしまう。(ただし、『ビアンカ・オーバースタディ』のように、本作と絡めながらユーモラスに書く技量があったり、マンガなどのコミック系のあとがきなら話は別だが)

そもそも、これはビジネス書とかでもそうだが、編集者から「あとがき」を書いてくださいとお願いすることは(たぶん)ほぼない。あとがきはあくまで「おまけ」であり、読者にとっては本来必要ない部分だからだ。ビジネス書の場合は関係者や担当編集者などへ謝辞を書いている場合もあるが、あまり必要ないように思える。記憶に残らない、あってもなくても変わらない「あとがき」なら、なくてもいいのではないか……そんなことを考えている。

 

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

 

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。