本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

カルピスの原液をうまいと感じる人はほとんどいない~『ルビンの壺が割れた』のレビュー~

今回紹介する本はこちら。

 

ルビンの壺が割れた

ルビンの壺が割れた

 

 

賛否両論である。ただ、どちらかというと否定的な意見が多い。私はこの作品を否定する人たちの気持ちもよくわかる。

 

この本を知らない人のために簡単に説明しよう。小説である。それ以上のことを語るといらぬところでネタバレになるので、とにかく「小説である」という説明しかできない。ちなみに、発売前のプロモーションの経緯はこちらで。

 


本書に対する2つの否定意見

 

この本に対して否定的な意見を述べている人は、大きく2つに分けられる。

 

1.新潮社のマーケティング戦略に騙されたことへの憤り

2.小説としての完成度の低さに対するがっかり感

 

まず1.は論外。煽り文やキャッチコピー、もしくはその他のプロモーションで消費者を期待させるのはどこでも当然のごとくやっていることだからだ。そのプロモーションには、読んだ人が否定的な意見をネット上で拡散してくれることも含まれる。

 

問題の2のほうだが、これにはいくつか要因があると思う。

 

ミステリーだと勘違いして読んでいる

 

これはけっこう大きいと思う。

 

しかし冷静に考えると、版元は新潮社なのだ。もしこの作品が東京創元社とか早川書房とか講談社ノベルスとかで刊行されていたらこの結末に憤るのは理解できる。誰も「ミステリー」とは一言も言っていないのだが、ミステリー的な「どんでん返し」をついつい期待してしまうのだろう。

 

じゃあなぜ、この本を読んでいる人は本書をミステリーだと勘違いするのか。そこらへんはタイトルとか想定デザインの妙だと思う。とくに「ルビンの壷」という言葉の選び方にセンスを感じる。どことなくロジカルで、パズラー的な作品の雰囲気をかもし出すのに大いに役立っている。(実際のところ、このタイトルはストーリーとはほとんど関係ない)

 

本を読み慣れすぎている

 

この作品は玄人向けの本ではなく、ライトなエンタメ文芸だ。たとえて言えば、『イニシエーション・ラブ』に近い。

 

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

 

 

著者の乾くるみ氏はもともとマニアックなミステリファンが注目しているメフィスト賞を受賞した作家さんなのだが、メフィスト賞はマニアックであるがゆえに、まあ、あまり売れない。そこで『イニシエーション・ラブ』は、普段ミステリーを読まないような人が楽しめるライトなエンターテイメント作品を目指し、結果的にそれが大衆受けしたのだと思う。この作品も、Amazonなどを見ると(おもに読書の玄人から)批判を浴びている。

 

もし、『ルビンの壷が割れた』をもっとハードな内容にして、本格ミステリーにしたら、たしかに玄人からは高評価を得られたかもしれない(著者の力量でそれが可能だったかは別にして)。しかしそれは同時に、それ以外のパンピーを遠ざける結果になっただろう。つまり、売上的には減る。

 

適度に内容を薄めないと、一般人はおもしろいと感じられない

 

カルピスの原液を「うまい」と感じる人がごくごく少数であるように、多くの人に興味を持ってもらうためには、ある程度、物語の密度(奥深さとか、1ページの情報量など)を薄める必要がある。「すべてのジャンルはマニアがつぶす」という言葉もあるように、ごくごく少数派の「読書マニア」を満足させるために本を作ると、その本は売れなくなってしまうものなのだ。

 

だから私は『ルビンの壷が割れた』はやはりこれで正しかったと思う。これだけ話題になり、売上が伸びていることがその紛れもない証拠だろう。

 

編集者の欠点

 

ビジネス書評家の土井英司さんがどこかでこう話していた。

 

出版業界にいる人たちの最大の欠点は、『本が好きすぎる』ことです。みなさん知識が豊富で、活字を読むのが大好きだから、自分が満足できる本を作ろうとすると、かえって一般大衆から乖離して売れないものを作ってしまう」

 

売れる本を作りたいなら、ふだん本を読まない人でも興味を持って思わず買ってしまい、しかも途中で投げ出さずに最後まで読んでもらえるものを作らなければならない。

 

私の奥さんは本(とくにビジネス実用書)はまったく読まない人なのだが、私は奥さんに自分が考えている企画のタイトル案などを見せて反応をうかがっている。自分の奥さんにすら興味を持たせられないようなタイトルでは、世の人々を振り向かせることなどきっとできないだろう。

 

私はこの本は「一読の価値」があると思う。ただし、説明したように、この本は一般大衆向けに薄められたエンタメ小説なので、何度も何度も読み込むような本ではない。そのことを留意し、読書マニアの諸兄に関してはあまり期待しすぎずに読み進めれば、楽しめる一冊ではないだろうか。

 

ルビンの壺が割れた

ルビンの壺が割れた

 

 

今日の一首

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59.

やすらはで 寝なましものを 小夜更けて

かたぶくまでの 月を見しかな

赤染衛門

 

現代語訳:

(あなたが来ないとわかっていたら)ためらわずに寝ていたのに、

すっかり夜が更けて、(西の空に)かたむいていく月を見たものです。

 

解説:

これは著者本人の恋ごとではなく、赤染衛門が妹か妹の心情を代わりに詠んだ歌。ちなみに、約束を破った男は「恋多き男」といわれた藤原道隆。清少納言が仕えた定子のお父さん。

 

後記

最近は「上海」というゲームをポチポチとやっている。これは「マージャンソリティア」と呼ばれているもので、同じ牌をペアにして山を崩していく完全一人用暇つぶしゲームだ。無限にプレイできてしまうので危険である。

 


レトロな感じもたまらない。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。