本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

読まれる見出しを書くための10のガイドライン~『ある広告人の告白』のレビュー~

今回紹介する本はこちら。

 

ある広告人の告白[新版]

ある広告人の告白[新版]

 

 

広告の神様、デイヴィッド・オグルヴィが広告を作る者が知っておくべき心構えについて記した本。

 

 

とはいえ、前半はあまり読むに値しない。というのも、「広告会社の経営方法」「クライアントとの交渉方法」「優れた人材の確保方法」などなど、本当にエグゼクティブの人間でないとなかなか参考にできない内容だからだ。(しかも、基本的にはクライアントにいろいろ注文を付ける部分もあるなど首肯できかねる部分も多い。もちろん、まだ広告会社というものが現在のように地位をあまり認められていなかったような社会的背景も影響しているのかもしれないが)

 

私も含め、もう少し即物的な内容か、もしくはもうちょっと広告についての本質的な話を知りたいなら、注意して読むべきは第5章『成功する「広告キャンペーン」とは?』以降。ここでは、オグルヴィが考える広告哲学について存分に学べる。

 

優れた広告は○○されてはいけない

 

優れた広告とは何か? この考え方には三つの流派がある。皮肉屋、いい広告とはクライアントがOKを出す広告だと言う。もうひとつの流派は、「偉大な広告の定義とは、それによってその商品がよく売れるだけでなく、長年にわたって大衆にも広告業界にも“見事な広告作品”として記憶されるものである」というレイモンド・ルビカムの定義を採用する。これまで私も、長年にわたって大衆にも広告業界にも“見事な作品”として記憶される広告を作ってきたが、私自身は第三の流派に属する。それは、よい広告とは「広告自体に関心を集めることなく」商品を売る広告である、と考える一派だ。見た人に「なんて気の利いた広告だろう」と言われるのではなく、「これは知らなかった。この商品を試してみなくちゃ」と言われるような広告だ。

プロの義務として、広告人は自分の技巧をひけらかしてはいけない。古代ギリシャの雄弁家アイスキネスが演説すると、人々は「なんて話がうまい人だろう」と感心したが、同じく雄弁家で政治家でもあったデモステネスが演説すると、皆「フィリッポス王を倒せ!」と叫んだ。私はデモステネスに与する。

 

ここらへんに、オグルヴィのプロ意識が垣間見えるし、なるほどと思える(ついでに、さりげなく自慢を入れてくるあたりもさすがだ)。とくに、最近の消費者は広告を飽きるほど見ていて、本などでその手法についてもあらかた知っているから、「これは素晴らしい訴求力のある広告だ」などと感心してしまいがちだ。しかし、一般の消費者にそう思われたら、広告としては二流である(と、少なくともオグルヴィは考えている)

 

これは本のタイトルにも言える。最近は特にビジネス実用系の本でやたら長いタイトルが増えてきているが、あれはもうタイトルを覚えてもらうというのを放棄している。タイトルなんて覚えてもらわなくてもいいから、書店でちょっと目につくと思わず手に取りたくなるタイトルだけを狙った結果と言える。

 

広告は「○○」だけを述べよ

 

商品を売るのに十分な事実を述べている広告は非常に少ない。消費者は真実などには興味がないという考え方が、コピーライターの世界にはいまだに色濃く残っている。しかしこれほど真実からかけ離れた考え方はない。シアーズ・ローバックのカタログを見るがいい。「真実」を提供することで、毎年何十億ドル分もの商品を売っているではないか。私が書いたロールスロイスの広告では、真実以外のことは何一つ言っていない。形容詞もなければ、「優雅な人生」などという台詞のひとつもない。

消費者はバカではない。消費者はあなたの奥さんなのだ。つまらないスローガンと気の抜けた形容詞の二つ三つも与えれば奥さんが何か買うと思うなら、彼女の治世に対する侮辱だ。彼女はあなたが与えられるすべての情報をほしがっているのだ。

 

とくに企業が陥りがちな失敗は「競合他社もやっていて、業界としては当然の取り組みは、ことさらアピールしない」ということである。消費者は賢いが、博識ではない。むしろ、細かいことは何も知らない(にもかかわらず、ウソは瞬間的に見抜く)。だからこそ、広告は「事実」にこだわり、与え過ぎと思わせるくらいの情報をしっかり消費者に与える必要がある。

 

運よくよい広告が作れたら……

 

いい広告なのに、単にスポンサーが飽きたというだけの理由で、まだ効果があるのに打ち切りにされる広告が多い。スターリング・ゲッチェルの有名なプリマスの広告(「三つとも見て」)はたった一度しか掲載されなかった。これを継いだのは、最初のものをちょっとずつ変えたバリエーションだが、どれも明らかに最初のものに劣る広告で、あっというまに全部忘れられてしまった。しかし、シャーウィン・コディ英語学校は四二年間同じ広告(「英語でこういう間違いをしていませんか」)を続けている。その間、変えたのはロゴのフォントとミスター・コディのヒゲの色だけだ。

 

当たり前だが、作っている側は飽きるほど広告を見ているから、「いつまでも同じ広告を続けていたら消費者に飽きられるだろう」と思ってしまいがちだ。しかし、マスに向けている場合、消費者はつねに変わり続けるのだから、作り手が思っている以上に広告に飽きるという事態は起こりにくい。勝手にそのような邪推をしてせっかく効果があった広告をやめたり劣化させたりするのは愚の骨頂である。

 

効果的なヘッドラインの書き方

 

ほとんどの広告において、ヘッドラインは最重要要素だ。それは読者に読むかどうかを決めさせる電報である。

平均して、ボディ・コピーを読む五倍の人がヘッドラインを読む。ヘッドラインを書けば、もらった一ドルのうちの八〇銭とを使ってしまったことになる。つまり、ヘッドラインだけである程度の売込みをしなければ、クライアントの金の八〇パーセントを無駄にしてしまうのだ。ヘッドラインのない広告を書くなどは、すべての罪の中でも一番重い罪だ。

 

オグルヴィは、ヘッドラインを書くときのガイドラインに従っている。簡単にではあるが、まとめておこう。

 

1.必ず商品のキーワードを入れること

2.読者の利益になる効能を書くこと

3.新しい情報を入れること

4.見た人が思わず注意を引くマジックキーワードを入れること

5.商品名を入れること

6.ヘッドラインは長くすること

7.終わりは続きが読みたくなるように工夫すること

8.洒落た言葉は使わず、分かりやすい端的な言葉を使うこと

9.否定形は使わないこと

10.何を言っているかわからないものは書かないこと

 

これと同様に、「読んで買わせるボディ・コピーの書き方」も10の項目で説明してくれる(しかももっと詳しく、ちゃんと)

 

 

以上。

引用箇所を読んでいただければわかるが、文章全体が皮肉とウィットに富んでいる。そのため、たしかに前半部分は実務的にはあまり役に立たないかもしれないが、それでも読んでいて楽しいことは確かだ。

 

ある広告人の告白[新版]

ある広告人の告白[新版]

 

 

今日の一首

 

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63.

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを

人づてならで いふよしもがな

左京大夫道雅

 

現代語訳:

いまとなっては、「あなたをあきらめます」という言葉を

人づてでなく、直接言えればいいのになあ

 

解説:

作者の左京大夫道雅が恋をしていたのは三条院の第一皇女・当子内親王で、伊勢神宮の斎宮の任を終えたばかりの彼女は恋愛が厳禁だったため、2人の恋は三条院の怒りに触れたため、このような歌を詠んだとされる。まあ、そりゃそうなるわという恋の終りの一首。

 

後記

影響されやすい人間なので、『アナザーエデン』始めました。ぼっち専用のシングルプレイRPGということで、個人的にはこの狙いが好み。ただ、略称が「アナデン」なのがどうにもカッコ悪い……江ノ電みたいなんだけど。。

 

 

とはいえ、サブクエストが多くて、戦闘もシンプル。キャラクターもかわいい。SFとファンタジーを融合した世界等、とりあえずおもしろい。時間をテーマにしたり、カエルをモチーフにしたキャラクターが出てきたりと、クロノトリガーをオマージュしているのだろうか。あと、意外と難易度が高いので、ボス戦で負けることも多い。

 

 

まあ、今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。