本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

2020年までに働き方を変えないとヤバイかもしれないという話~『日本3.0』のレビュー

今回紹介する本はこちら。

 

日本3.0 2020年の人生戦略

日本3.0 2020年の人生戦略

 

 

NewsPicksの編集長、佐々木紀彦氏による日本社会と働き方についての提言書。この人は東洋経済新報社に勤務しているとき、東洋経済オンラインの編集長となって、同サイトを超人気にした立役者である。

 

もくじ

 

本書によれば、2020年を契機に、日本社会は大きな変容を遂げるらしい。そもそも、近代日本の歩みは次のようなものだった。ちなみに、シンギュラリティは2020年ともいわれているが、本書では特に人工知能については述べられていない。

 

日本1.0と日本2.0とは何か?

 

日本1.0(明治維新~第二次世界大戦)

明治維新を契機に、日本がそれまでの士農工商というお上の決めた身分社会から近代国家の仲間入りをし、軍国主義となって、第二次世界大戦に突入するまでの日本。

 

日本2.0(第二次世界大戦~現在)

敗戦後、GHQによる大規模な日本社会の構造改革が行われ、超大国アメリカの庇護の下、経済発展により1億総中流社会を作るも、バブルの崩壊を経て世界経済の停滞とともに格差社会に変容していくまでの日本。

 

で、2020年を境目に、戦後からずっと続いてきた日本の社会規範がまたしても大きく変わる、と佐々木氏は述べているわけだ。その理由として、次の3つを挙げている。

 

1.東京五輪の開催

2.アベノミクスの終わり

3.東京の人口減少

4.団塊世代の引退

 

個人的な感想として、たしかに「明治維新」や「敗戦」というのは日本社会が大きく変わる契機となる外圧があるが、果たしてこれらの4つの出来事が、それと同じくらい日本を急激に変えるカンフルとなるのかはちょっと疑わしいところがある。

ただ、著者の言うとおり、日本は変わるときには一気に変わる性質を持っているのは確かだろう。日本人はとくに、変化の流れが一定数以上の賛同を得られると、一気にそちらの方向に舵を切り出すところがある。だから、いわゆる今日まで続いている戦後レジームが変わる何かしらの出来事が、突発的に起こることは考えられる。

個人的には、もしかすると北朝鮮の崩壊につながる第二次朝鮮戦争が勃発すれば、それがスイッチになるかもしれないとは考えている。

 

愛国心とは何か?

 

本書では、日本3.0を作っていく主役が現在の30代(団塊ジュニア世代)だとして、とくに彼らに向けて、2020年に向けてどのように行動していくべきかを説いている。

ただし、本書の内容は日本社会の構造から働き方まで、かなり多岐にわたる内容が包括されている。個人的に「なるほど」と思ったのは、「愛国心」に関する次の部分だ。

 

国を英語で表現するとき、カントリー、ステート、ネーションという3つの言葉がありますが、それぞれ意味するところは違います。

カントリーは地理として、場所としての国です。自然条件としての国です。たとえば日本は、北は北海道から南は沖縄に至るまで山と海に恵まれたカントリーだと言えます。

ステートは、政治的に定められた機関としての国です。主権国家としての日本はステートです。行政機関を代表する政府のことをステートと言うこともあります。

ネーションは、文化や人種をベースにした共同体としての国です。血や文化を分け合う同士としての国です。同じ言語や慣習や歴史を持っている人たちのグループと言えます。

(中略)

この3つの「国の概念」を前提にすると、愛国心にも3種類あることがわかります。

自分の故郷、日本の自然、富士山などを愛するという意味での「カントリー的な愛国心」、日本の政治が大好き、安倍首相ラブ、明治政府が好きといった「ステートとしての愛国心」。そして、日本文化や日本人という民族が好きだという「ネーションとしての愛国心」。この3つには強弱があり、混ざっている人が多いはずです。

たとえば、この定義でいくと、政府を批判したり、貶めたりすることは、必ずしも愛国心に反する行為ではありません。

「わたしは日本の自然を愛しているし(カントリーとしての愛国心)、日本の伝統やこの文化を愛している(ネーションとしての愛国心)。しかし、今の政府は好きではない(ステートとしての愛国心)」という主張は成り立ちます。

 

天皇はなぜ敬愛されるのか? 

 

あと、個人的に本書を読んでふと思ったのが、「日本人にとって天皇とは何か?」という、おそらく多くの人があんまり普段意識していない部分についてである。

 

マッカーサーに天皇正の維持を提言した、情報将校のボナー・フェラーズはその理由をこう記しています。

「天皇に対する日本国民の態度は概して理解されていない。キリスト教と異なり、日本国民は、魂を通わせる神を持っていない。彼らの天皇は、祖先の美徳を伝える民族の生ける象徴である。天皇は、過ちも不正も犯すはずのない国家精神の化身である。天皇に対する忠誠は絶対的なものである」

 

これを読んで私は、天皇とは多くの日本人が抱く理想の日本人像を体現したものなかもしれない、と思った。いまのご時勢、天皇家が神様だと本気で考えている人は少数派だろう。でも、そうだとしても、やはり多くの人が天皇陛下を敬愛し、並々ならぬ興味関心を持っている(それは昨今の生前退位問題などを見てもわかる)

じゃあ、その敬愛の根源は何かというと、たぶん、皇族の人々が持っている「穏やかさ」「謙虚さ」「礼儀正しさ」「優しさ」のような、自分たちが理想としつつもなかなか身に付けられない精神的美徳なのだろう。

 

日本3.0で生き残れる人々

 

では2020年から始まる日本3.0がどういう社会になるのかというと、本書では次のようなファクターをまとめている。

 

1.年功序列の終わり

2.正社員と非正規社員の格差解消

3.男女逆転

4.外国人労働者の登用

5.難民

6.業界再編、伝統企業の倒産

7.スタートアップの興隆

8.第4次産業革命(AI、IoT、ロボットなど)

9.交通革命(リニアや空港のハブ化)

10.グローバル化(とくにTPP)

 

詳しくは本書を読んで欲しいが、とにかく、戦後からの「正解」だとされていた生き方(大学を卒業して企業に就職して結婚して家を買って老後は年金で暮らす)が完全に崩壊し、それではやっていけなくなる、ということだ。

 

で、そんな社会で生きていける人を、本書では「7つのプロ」として紹介している。

 

1.少人数のトップマネジメント(決断する経営者)

2.スリム化されたバックオフィス(超有能な事務職)

3.チーム作りに長けた中間管理職

4.人間力あふれる営業

5.ストーリーを創れるマーケティング・ブランディング

6.センスと粘りのある商品・サービス開発(+製造)

7.成長を生む「海外事業」「M&A」「新規事業」のプロ

 

これもそれぞれの詳しい内容は本書を読んでもらえばいいが、一言で言えば、「それぞれの分野で本当に優秀な人じゃないと役に立たないよ」ということ。

これからおそらく、残業代とか休日手当てとか、そういったあまり能力のない人の生活を補填するような仕組みは縮小していく。残業手当で稼いでいる人は、生きていけなくなるだろう。

 

T字型人間とH型人間

 

本書では最終的に日本3.0を生き残るため、スタンフォード大学で最優先テーマに掲げられている「T字型人間」の育成についても紹介されている。

これは「ある突出した専門知識・スキルを持つと同時に、それ以外の分野にもそれなりの知見と技能の汎用性を併せ持っている人間」である。これらかは何か一つの強みを持っているだけでは不十分で、それを違うジャンルにも応用できる柔軟さを持っていないと意味がない、ということである。

 

こうしたT字型人間になるために必要なスキルはいろいろあるが、一般教養を身につけておくのは必須である。その指標となるのが、スタンフォードがはじめた学際的プログラム「シンキング・マスターズ」である。

すなわち

 

1.美学と解釈の探求(美術、音楽、文学、哲学などの理解)

2.社会調査(歴史学、政治学、経済学、考古学、宗教学などの理解)

3.科学的分析(自然科学の概念、演繹・帰納的な思考法)

4.形式推論、数的推論(コンピュータサイエンス、統計学などの理解)

5.多様性にエンゲージする(異国文化の理解、民俗学などの理解)

6.経験的、倫理的推論(倫理や正義に基づく批評精神)

7.クリエイティブな表現(デザイン、ダンス、演劇、映画、建築などの理解)

 

が挙げられている。つまり、単に仕事を効率的にこなせるとか、コミュニケーション能力があるとかだけではなく、こうした幅広い「教養」を持っているかがけっこう大事になってくる。

 

ただし、じつは本書で述べる「T字型」では不十分の可能性もある。というのも、私は以前、以下の本で読んだ内容に「T字型人間よりもH型人間を目指せ」という趣旨が書いてあったのを思い出したからだ。

 

21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由

21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由

 

 

こちらの本からも少し引用しよう。

 

 H型人間とは、強い専門性が1つあり、他の人の専門性と繋ぐ横棒を持ち、ほかの人とつながってHになるという“人と繋がりやすい”人材の像です。

(中略)

人と人、会社と会社を繋ぎ合わせるハブとなっている人の役割はより大事になります。ある程度人脈や知識の幅が広く、いろいろな背景の人と話ができたり、違うコミュニティで生きている人のことをよくわかっている人が、新たな組み合わせからイノベーションを生むのです。

 

要するに、「仲立ちできる人は強い」ということだ。

 

本書、ところどころに読者の敵愾心を煽るところはあるが、これは著者なりの叱咤激励なのだと思う。学ぶところは多い一冊なので、気になる人は読んでみて損はない。

 

日本3.0 2020年の人生戦略

日本3.0 2020年の人生戦略

 

 

今日の一首

 

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76

和多の原 こぎ出でてみれば 久方の

雲ゐにまがふ 沖津白なみ

法性寺入道前関白太政大臣

 

現代語訳:

大海原に船で漕ぎ出してみたら、大空の雲と見分けがつかないような白波が立っていたよ

 

解説:

崇徳陰がまだ天皇だった時の歌合せのテーマで「海の上で遠くを眺める」に合わせて歌われたもの。百人一首はもののあはれや悲恋などしめっぽいものが語られることが多いが、この歌は非常に爽やかですっきりする夏の光景が思い浮かぶ。ちなみに、「久方の」は雲の枕詞。

 

後記

 

実は本書の著者である佐々木氏の話を聞きに行く機会があって、聞いていたのだが、その中で印象的だったのは「この本は売れなくてもいいと思って作った」と発言したことだった。

私は売れる本を作るために必至になっているので、この発言を聞いたときは、もう十分仕事で結果を出した人間の余裕の発言のようでちょっとムッとした。が、よくよく考えてみれば、佐々木氏の言うとおり、そのような本だってあってしかるべきなのだろうと思う。

残念ながら、ヒットするビジネス実用書の多くは「誰でも理解しやすく読みやすいもの」にならざるを得ない。それは、書籍がどんな本でも同じくらいの値段で売っているものである以上、売れた冊数でしか評価されないことによる弊害だ。

端的に言えば、ビジネスのうまい著者が2か月くらいで書き上げた200ページの本も、20年の研究の成果を5年くらいかけて200ページにまとめた本も、値段は同じくらい(もしくは数百円の差)になってしまう。

であれば、売上を求める以上、内容が薄くてもサルでも分かるような本を作ってしまうのは現代日本の編集者であれば避けられない命題であるように思われる。しかし、そうした本が将来に残すべきような記念碑的名著になる可能性は低い。

 

早く、私も売れなくてもいい本を手がけられるようになりたいものである。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。