本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『ローグ・ワン』に期待しすぎてはいけないのだ

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ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー|ローグワン|映画|スター・ウォーズ|STAR WARS|より

 

さて公開されたばかりのこちら、さっそく見てきた。

 

もくじ

 

おもしろいっちゃ、おもしろかった。

だいたい、ハリウッドでスター・ウォーズギャレス・エドワーズだったら、退屈で死にそうな駄作を作るはずがない。

 

ただ、本作はあくまで『スター・ウォーズ』シリーズの外伝的な作品であって、本筋ではない。

だから、あまりにも期待しすぎるとガッカリする部分はあるかもしれない。

 

ガッカリポイント①オープニング

 

特に私が一番ガッカリしたのはオープニングだ。

 

スター・ウォーズのオープニングといったら、あの「A long time ago in a galaxy far, far away....(遠い昔、はるかかなたの銀河系で....)」から始まるオープニングクロールだ。

はっきりいって、SWはアレだけでも劇場で見る価値がある。

が、残念ながら本作はナシ!

それっぽい始まり方をするので期待感は持たせてくるが、いざ始まるとあの「バーン!」という大音響がなくて、思わず映画館のシートでずっこけそうになった。

 

ガッカリポイント②ジェダイの騎士が登場しない

 

本作にはジェダイの騎士が出てこない。

そもそも、舞台背景的にジェダイの騎士が壊滅して帝国が台頭してきている時代なわけなので、ジェダイの騎士は人々にとって伝説的な存在になっている。

 

で、ジェダイの騎士が出てこないとどうなるかといえば、すなわち、ライトセーバー同士の激しい打ち合いシーンがなくなるわけだ。
(ただし、最後の最後でベイダー卿が大暴れしてくれるので、ファンはそこで喜ぶ)

 

もちろん、AT-STとかAT-ATなどを交えたブラスターによる激しい銃撃戦や、デストロイヤーを交えたXウィングとTIEファイターの真空戦などはある。

絵柄的には退屈しないだろうが、やはりジェダイとシスの殺陣がないと締まらない感じもある。

 

ガッカリポイント③スターがいない

 

本作は全体的にもうひとつ盛り上がりに欠ける。

それはもちろんジェダイの不在という要素もあるが、もう少しその理由を考えてみると、「主役(スター)」がいない――というのが大きいように感じた。

 

一応、主人公はジンという少女で、彼女を中心に物語は進む。

彼女は帝国軍の最終兵器「デス・スター」を設計した科学者の娘で、人質に取られるのを避けるために父親が逃がした女の子だ。

 

だが、どうしても「孤独のなかで戦う少女」という設定は昨年公開されたエピソード7(フォースの覚醒)の主人公・レイと重なってしまう。

 

 

そして、レイとジンを比べた場合、レイは明らかにフォースに選ばれたスター然としているのに対し、ジンはあくまで脇役を域を脱しきれないのだ。

彼女はライトセーバーもフォースも使えない。

 

もちろん本作にもスター級のキャラクターは出てくる。それが本作の目玉であるダース・ベイダーだ。

しかし、その登場シーンは非常に限られている。

 

それも仕方がないと思う。本作があくまで外伝という扱いである以上、さすがにベイダー卿に終始、八面六臂の活躍をさせるわけにもいかないだろうからだ。

ほかにもC3POとかR2-D2が(ほんとに)ちょろっと出てきたりするくらいで、それ以外の本家のメインキャラクターはほとんど登場しない。

 

そもそも「ローグ」というのは「はぐれ者」という意味なので、この映画は「はぐれ者たちの冒険」ととらえたほうがいい。

 

外伝という縛り

 

もちろんこれは、ヒロインも含めて登場人物全体をあえて地味にしているのだと思う。

本作が外伝という位置づけであり、エピソード4の前日譚である以上、そこにひとりの突出した英雄がいるのは都合が悪いわけだ。

だからこそ、主人公はかなり抑え目だし、本作のラストは「ああいう感じ」になっているのだろう。

 

私は本作が作られることになったイキサツや裏事情などは知らないが、おそらく、いろいろと制約があるなかでの制作だったと思う

 

ギャレス・エドワースはやっぱりうまいんだな

 

その意味では、本作はギャレス・エドワーズ監督の手腕がいかんなく発揮された一作といえる。

 

エドワーズ監督といえば2014年に公開された『GODZILLA ゴジラ』で有名になったが、あの作品を見てもファンが何を期待しているのかを「分かってる」人だと感じた。

 

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特にそれを感じたのは、ゴジラが放射熱線を吐くシーンだ。

ゴジラといったら放射熱線だが、だからといってやたらめったら吐けばいいというものでもない。

あれはここぞというタイミングのキメ技なので、いかにクライマックスシーンでうまく出させるかが大切なのだが、『GODZILLA ゴジラ』の場合はパーフェクトだった。

吐く演出も素晴らしく、鳥肌が立った。

 

SWファンがなにに興奮するか「分かっている」

 

本作の作り方も、おそらくいろいろな制約があるなかで最高品質に近いものを作り出したのだとは思う。

それはストーリーのつくり方の中にいかんなく発揮されている。

 

ぶっちゃけ、本作の序盤はつまらない

いろいろと状況を説明しなきゃいけないし、限られた時間のなかで主人公・ジンに感情移入してもらわないといけないのだが、あまり突っ込みすぎたくもない。

だから、正直なところ、ジンの設定には乱暴なところもあった。(育ての親から捨てられた部分などはかなり大胆に端折ってある)

 

だが後半からラスト30分くらいで作品はどんどんクライマックスになり、そして最後にエピソード4につながるシーンで幕を閉じる。

だから、最初のオープニングでガッカリし、序盤はちょっと退屈に感じたりもするが、後半になってファンは盛り上がり、視聴後の感想は「良かった」というものになる。

 

総論:びみょ


で、総論なのだが、これが難しい。

SWファンは勝手に見てああだこうだと判断するだろうからほうっておくが、そうでもない人たちが見てどれだけ楽しめるかを考えると、やはりエピソード7には劣る。

 

ただ、見てつまらないということはないと思うし、派手な映像も多いから大スクリーンで見るのはアリだろう。

とにかく本家スター・ウォーズほど過度に期待してはいけない……ということだ。

 

『ファンタビ』も見たよ

 

ちなみに、ハリー・ポッターシリーズのスピンオフである『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』も見た。

 

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映画『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』オフィシャルサイトより


まぁ、こちらもおもしろかった。

まさかのジョニー・デップが出てきたり、主人公であるニュート・スキャマンダーが“あの”レストレンジ一族の人間と浅からぬ関係がありそうなところなど、いろいろと含みを持たせていて見るからに続編を作る気マンマンだ。

こちらも、ハリポタファンの心理をくすぐる小ネタが満載で、見ていて楽しい。

 

ただ、今作はアメリカが舞台だったが、主人公が世界を銃を旅しているという設定や、ヒロインや脇役たちとの別れ方を見ると、次回作は主人公以外のキャストを一新してくるのかもしれない。

(だからかは知らないが、あんまりヒロイン:左から2番目…がかわいくない)

 

おわりに

 

そういえば『ローグ・ワン』では初代デス・スターの司令官・ターキン提督が登場するのだが、1977年の初代『エピソード4 新たなる希望』でこの役を演じたピーター・カッシングは残念なことに1994年に没している。

そのため、本作ではなんと、彼はCGによって蘇ったのである!

これはちょっとびっくりした。

 

CGもかなり発達したので私も最初はわからなかったが、それでも、なんどかシーンに移るのを見るとどこかで違和感を抱き、「これ、CGじゃないか?」と思って確認したらやっぱりCGだった。

ちなみに、ラストでちょっとだけでてくるレイア姫は別の女優さんが演じているので、こちらはCGではないらしい。

 

ここからは完全に余談になるが、ロボットやCGキャラクターには不気味の谷現象」というものがある。

つまり、ロボットやCGで作られた人間が微妙にリアルな人間に近づくと、違和感や不気味さを感じてしまう現象のことだ。

実際、ターキン提督はよーく見ないと気付かないくらい、かなり良くできていた。しかし、一度「これCGじゃね?」と疑うと、なんだかその一挙一動が不気味に見えてくるのである(逆に、見ただけですぐCGだとわかるものには不気味さを感じない)

不気味の谷は思う以上に深い、というのを改めて感じた次第だった。

 

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。