本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』の最大のミス

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アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅|映画|ディズニー|Disney.jp |より

映画館では基本的にポップコーンもジュースも口にしない徒花です。

もくじ

ふらっと見てきた。

まあ、ふつー

評価はまぁ、ふつー。もちろん、豪華なキャストを使ったA級映画なのでつまらないことはないが、わざわざ1800円出して見る価値はない。レンタル落ちしてから300円くらいでみるので十分なんじゃないだろうか。今回は「イマイチだったポイントとその理由」を考えてみた。

ダメポイント①明確な敵の不在

前作『アリス・イン・ワンダーランド』では、赤の女王および彼女の飼っていた怪物・ジャバウォッキーが“倒すべき敵”として設定されていて、アリスと仲間たちはジャバウォッキーを倒すために協力した。

しかし本作では、ジャバウォッキーに当たる存在がいない。予告編とかを見ていると「タイム」がいかにも悪役っぽく見えるが、本編を見るとタイムは初登場のときから悪役の印象を視聴者に与えない(ここが失敗のひとつだろう。タイムはもっと、序盤は悪役にしか見えないようにするべきだった)。むしろ、アリスに大切なクロノスフィアを奪われ、どんどん弱っていくかわいそうな被害者だ。

じゃあ、赤の女王が悪役かというと、そうでもない。悪役としては純粋すぎる。彼女はただ幼稚なだけだから、「憎むべき敵」にはなり得ない。本作においても、結局は妹との確執を解消して、仲直りしてしまう。

結局、今回、ワンダーランドでは仲間と力を合わせて倒すべく「敵」がどこにもいない。だから、3月ウサギや白ウサギ、双子やヤマネなどにもまったく活躍の機会がなく、単に画面を賑やかすだけの脇役に終始していた。

ダメポイント②新鮮味がないキャラクターたち

アリスの魅力は、ふしぎな世界と底に暮らす個性豊かなキャラクターたちにある。前作では、初めてワンダーランドにやってきたアリスが戸惑いながらもさまざまな住人たちに出会い、仲良くなっていく過程を視聴者は同じように体験できた。

しかし本作において、視聴者はそのような新鮮さを感じられない。鏡を通じて入り込んだ最初の部屋だけワクワクしたが、空から落下してたどり着く「前作と同じワンダーランド」には、もはや胸躍る体験は何もなかった。顔ぶれは同じだし、アリス本人も彼らの奇抜な行動にはもう慣れっこになっている。つまり、2作目にして「いつもどおりのメンツ」になってしまったのだ。

そもそも、原作『不思議の国のアリス』とその続編『鏡の国のアリス』では、アリスが訪れたのは(たぶん)違う国である。だから、アリスは続編においても、全くであったことのないキャラクターたちを目の前にして、新鮮な驚きに満ち溢れていた。そもそも、前作の時点から『鏡の国』のキャラクターも多数登場させてしまっている時点で、映画で新キャラを出すのは難しいのだろうが。

不思議の国のアリス (角川文庫)

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鏡の国のアリス (角川文庫)

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ダメポイント③現実世界とリンクさせすぎ

本作では、「時間」がひとつの大きなテーマで、それが「現実世界」と「ワンダーランド」を貫く柱となっていた。だが、個人的には、あまりにも現実世界とワンダーランドをリンクさせすぎるのは良くないんじゃないとも思う。

もちろん、前作でも「現実世界の問題」と「ワンダーランドの問題」という2つの軸があり、アリスはワンダーランドの問題を解決することで、現実世界の問題を解決する方法を自ら発見するに至っている。本作はそれをより密接にむすびつけていて、アリスは「現実世界の問題」をワンダーランドで気にしているような描写もあった。

しかし、そのような描写こそが、ワンダーランドを「ワンダー」たらしめる要素を自ら損ない、不可思議さを削いでしまっているようにか思えない。ワンダーランドの出来事をそれ単体として楽しめなくしてしまう要因となっているような気がする。

おわりに

このエントリーを書いていて改めて思ったが、やはり本作最大の失敗は「タイムのキャラクター作り」にあると思う。ハッキリいって、「作中のアリスが抱くタイムへの印象の変化」と「視聴が抱くタイムへの印象の変化」にズレが生じてしまっているのだ。

アリスの視点に立つと、タイムは「最初は悪い人だと思ってたけど、じつはいい人だった」という印象の変化がある。しかし、視聴者の視点に立つと、タイムは「最初から悪い人じゃなさそうだし、むしろアリスに振り回されてかわいそうだ。最後にやっと誤解が解けてよかったね」という印象の変化になる。

ここで、もっと視聴者がアリスと同じような印象を抱くようにコントロールする必要があったのではないだろうか? つまり、序盤のうちは「すっげえ悪いやつ」に見せておいたほうがよかったのではないかと。そうすると、終盤でいろいろなことがわかり、「おまえ、本当はいいやつだったのか!」という驚きとともにカタルシスが得られたのではないかと考えた。

エンタメ作品において、魅力的な敵役は主人公と同等か、むしろそれ以上にかなり大事なのだ。たぶんね。

そうそう、全然関係ないけど、『アリス殺し』の続編っぽい『クララ殺し』を読もうか悩んでいる。しかし、Amazonを見る限り評価がイマイチなのよね……。うーむ

アリス殺し (創元クライム・クラブ)

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クララ殺し (創元クライム・クラブ)

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今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。