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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

僕たちは探偵をなぜか信用してしまうんだ~『メルカトルと美袋のための殺人』のレビュー~

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最近毎晩、寝る前にLG21を食べるのが習慣化している徒花です。

もくじ

名探偵には奇人変人が多いが、彼らの多くは「ヘンな人だけど、悪気はない」という点を共有している。曲がりなりにも主人公なので、殺人犯と対峙する「正義の味方」なのだ。……多くの場合は。

世の中にはそうではない、正真正銘の「外道な探偵」もいる。というわけで、今回紹介するのはこちらの一冊。

メルカトルと美袋のための殺人 (集英社文庫)

メルカトルと美袋のための殺人 (集英社文庫)

 

タイトルからして挑発的

著者の麻耶雄嵩(まや・ゆたか)氏はアンチ・ミステリ(ミステリーを皮肉ったミステリー作品のようなもの)を書いているだけあり、彼の生み出した銘探偵メルカトル鮎は一筋縄ではいかない怪人だ。ニコニコ大百科に記事もあるので麻耶氏についてはそこらへんを読めばいいが、「既存の新本格ミステリをリスペクトしつつ、その枠組みをぶち壊す」ことを自らのスタイルとしている。

本書においては、まずもうタイトルの時点で、そんな著者の意気込みが伝わってくるようだ。ミステリー作品における「殺人」はエンターテイメントの一環であり、探偵に解決されるだけに起こるものであるといっても過言ではない。だからこそ、本書の殺人事件は探偵役であるメルカトルと、その相棒・美袋(みなぎ)のために発生したのである――というメッセージが伝わってくる。徒花としては、本書のタイトルからこうしたメッセージが伝わってくる。

外道探偵・メルカトル

そして、そんな麻耶氏の生み出した探偵のひとりがメルカトル鮎なのだが、こいつがかなり禍々しい。カネに汚い。死体は蹴り飛ばす。自分の利益を優先するために事件を捏造したり、逆になかったことにしたりするのは日常茶飯事で、まさに主人公とは思えないほど外道である。

これも、「言動はヘンだけど根はいい人」という既存の探偵キャラクターに対するアンチテーゼなのかもしれない。デビュー作はこちらなので、もし読んでないなら、まずはこれからスタートしよう。

翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社文庫)

翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社文庫)

 

もちろん推理能力(もしくは適当に理論的なことをいう能力)はピカイチなので、事件はいつもあっという間に解決(?)させてしまう。そのため、本人も本書の中で「自分は長編向きのキャラクターじゃない」とのたまっている。

メルカトルは「謎を解く」のが好きなだけであって、凶悪な事件を起こした犯人を捕まえようとか、さらなる悲劇を防ごうとか、そういう殊勝な気持ちは一切ない。また「動機」についても彼はあまり興味がないので、物語によってはそこらへんがぜんぜん明らかにされないまま終わるものも多く、ワイダニットが気になる人はモヤモヤするかもしれない。

探偵は本当に真実を語っているのか?

このメルカトル鮎、単にキャラクターとして外道なだけではない。彼の存在は「探偵役は善人か」という問題の先にある、「探偵役の言っていることは本当に正しいのか?」という疑問に読者をたどり着かせてしまうのだ。

そもそもミステリーの読者は、本を読むと謎にぶち当たる。そして、「ヘンだけど根はいい正義の味方の探偵」が登場し、謎を鮮やかに解決してくれることで、カタルシスを得るのだ。このとき、読者の頭には「探偵役がいっているのだからこれが真実なのだ」という暗黙の前提が成り立っている。

しかしメルカトルの場合、彼の推理が正しいのか疑わしい。なぜなら、彼は自分の利益のためなら事実を捻じ曲げることにまったく躊躇しないからだ。だから、メルカトルの口から事件の真相を語られても、読者は「なるほど」と簡単には納得できないし、そこでミステリー的なカタルシスを得られない。

しかも、物語の語り手はメルカトルではなく、彼の相棒である売れない小説家の美袋である。つまり、読者は美袋の目を通してしか事件を知ることができないし、美袋の脳みそを通してしかメルカトルの考えを理解できない。だから、もしメルカトルが美袋をうまく騙してしまうと、必然的に読者も彼に騙されざるを得ない。それにメルカトルがウソをついているのか否か、それを読者が確認する方法はなくなってしまうのだ。

このあたりのことをうまくタイトルだけで説明しているのがこちらの本である。

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

 

本書でもいろいろな事件が起きるが、メルカトルがそれを「解決」するわけではない。それが事件の真相なのか、それともメルカトルに都合のいいようにねじまげられているかは判断がつかない。だから、「(真実かはわからないけど)メルカトルはこう語った」というタイトルになっているのである。

各話紹介

というわけで、ここから各話のあらすじと所感を紹介していく。

『遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる』

あらすじ:

友人たちの別荘に招かれた美袋はある夜、恋に落ちた佑美子が密室で殺されているのを発見する。だが同時に、彼らを招いた別荘の主・大垣先生も同じ晩に殺されていた。どうやら佑美子のお腹には大垣先生の子どもが宿っていたらしく、そのことは美袋以外では周知のことだったようだ。状況からして、佑美子が大垣先生を殺した後自殺したとしか考えられないが、それでは美袋の証言と食い違いが生じる。困った美袋はメルカトルを呼び寄せ、事件の真相究明を頼むのだった。

 

本書における一番の傑作だと思う。だが、別にトリックがすごいわけではない。こんなにも読者をモヤモヤさせながら、しかしこれこそが「メルカトルらしさ」なのだと感じさせてくれる作品である。

『化粧した男の冒険』

あらすじ:

とあるペンションに滞在していたメルカトルと美袋は、そこで同じく滞在していた男が死んでいるのを発見する。だが、その男はなぜか顔に化粧をしていた。もちろん、その男に女装癖はない。警察は明日の朝にならないと来ないが、メルカトルは明日の演劇のチケットを買っていたので、早く帰るためにすぐに謎を解くという。果たして、殺された男はなぜ化粧が施されていたのか?

これもかなりメルカトルらしい物語。まず驚きなのが、この事件がどういうシチュエーションで発生したのか、メルカトルと美袋はなぜこのペンションに滞在していたのかなど、その理由がまったく明かされないということだ。たしかに、そこらへんは説明されなくても事件の解明にはなんの支障もきたさないのだが、極限まで不必要なものを削ってかなり手短に事件だけを解決するところに新本格に対するあてつけのようなものを感じる。そして、やはりもやっとした読後感。味わい深い。

『小人閑居為不善』

あらすじ:

事件が起こらず事務所で暇を持て余していたメルカトルは、ある考えを思いつく。身辺に不安を感じている人に宛てたダイレクトメールを出すことで、依頼人が来るのを待っていたのだ。その狙い通り、ある老人が事務所の門をたたき、「自分は殺されそうな気がする」と悩みを打ち明ける。だが、ある程度話をした後、メルカトルは美袋に驚くべきことを語りだすのだった。

これもまあメルカトルらしい、非人道的なやり口。基本的にメルカトルが犯罪を生み出したと言っても過言ではない。そして、あっという間に事件が解決し、読後感は後味が悪いものとなっている。事件自体はスッキリ解決?するのだが。要するに、悪い人間は暇になるとろくなことをしない、ということである。

『水難』

あらすじ:

原稿執筆のためにとある旅館を訪れていた美袋(なぜかメルカトルはそこに先回りしていた)は、そこで幽霊を目にする。そして、昔その旅館で土砂崩れの事故があり、宿泊していた女子中学生が多数死んでいたという事実を耳にする。やがて2人は、鍵の締められた蔵の中で死んでいる2人の女性の遺体を発見。どうやら、その2人はかつての土砂崩れ事故で生き残ったかつての中学生らしかった。。。

まぁ、フツー。美袋も何気なく黒い。トリックはお粗末で、あんまり意外性もない。

ノスタルジア

あらすじ:

正月、美袋はメルカトルに呼び出される。聞けば、暇だから小説を書いたので、そのなかの犯人を当てろという。当てられなかったら、その小説に一切手を加えず、美袋の名前で雑誌に掲載するという罰ゲームつきだ。文才のないメルカトルの文章を自分の名前で載せるわけにはいかない美袋は、必死になって文章を読み、犯人を突き止めようとするのだが……。

作品の中でもうひとつ小説が出てくるいわゆる「作中作」の物語で、著者のメルカトルと読者代表の美袋によるかけあいがメインの内容となっているため、いわゆるミステリーとしてのおもしろみはない。また、当然わざとだろうが、メルカトルの書いた文章がとにかく読みづらくなかなか苦痛である。

『彷徨える美袋』

あらすじ:

深夜、コンビニに買い物に行った美袋はなぜか背後から殴られ、意識を取り戻すと見知らぬ山の中にいた。彷徨った挙句たどり着いた民宿は、偶然?にも美袋の大学時代の友人一家が経営しているもので、その友人は10ほど前にスケッチに出かけたきり、帰ってこないという。美袋は友人の弟、美紀也の行為によって宿泊させてもらうことができたのだった。

だがその夜、美紀也は死体となって発見される。すると、ふらりとメルカトルが現れ、謎を解く代わりに美袋が手に入れていたノックスの生原稿を要求。美袋が仕方なく了承すると、メルカトルは鮮やかな推理を始めるのだった。

ここでもメルカトルらしい人非人っぷりがいかんなく発揮されている。だいたい、原因はメルカトル。

シベリア急行西へ』

あらすじ:

メルカトルがどこからともなく手に入れてきたタダ券により、メルカトルと美袋はシベリア急行に乗っていた。だが、最後尾で、同じ日本人旅行者で、偏屈な作家として知られている桐原が殺される。ロシア警察に拘束されると厄介だと判断したメルカトルはさっさと犯人をふんじばって難を逃れるため、彼を殺した犯人をサクッと指摘するのだった。

まあ、ふつー。最後の一行、この最後の一行がまたなんともやっつけ感があって……嫌いじゃない。

おわりに

紹介したものの、私自身『翼ある闇』の内容をすっかり忘れてしまっている。そのうち、暇があったら読んでみようと思う。

 

今回はこんなところで。

お粗末さまでした。