本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『恋は雨上がりのように』のレビューほか~『ダンジョン飯』『アンゴルモア 元寇合戦記』も~

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すんごい久しぶりにネットカフェに行ってコミックを読んだ。

もくじ

2時間程度だったので、長いものは読めない。ということで「気になってたけど買うほどじゃなく、しかもまだそんなに巻数が出てない」マンガを選んで読んでみた。ネカフェで読んだ本のレビューを偉そうに書くというのはアンフェアな気もするが、あんまり気にしないことにする。

『恋は雨上がりのように』

恋は雨上がりのように(1) (ビッグコミックス)

恋は雨上がりのように(1) (ビッグコミックス)

 

書店のコミックコーナーに行くたびに、平積みされているこちらの本は気になっていた。表紙の女の子、どう考えてもかわいすぎでしょ。以前のエントリーでも書いたが、徒花は基本的に垂れ目の女の子よりもちょっとつり目がちな女の子のほうが好きなので、「うーむ、かわいいなぁ」とは思いつつも、なんとなく手に取って購入するまでには至らなかった。(あんまり財布に余裕もないし……)

とりあえずあらすじ。

感情表現が不器用で一見クールな17歳の女子高生・橘あきら。彼女はアルバイト先のファミレス店長・45歳の近藤正己に密かに想いを寄せている。自他共に認める “冴えない男” の近藤だが、あきらはそんな彼の魅力を「自分だけのもの」として、胸に秘めた恋心を募らせていた。そんなある日、アルバイト中に起こったとある出来事をきっかけに、あきらの秘めたる恋心は大きく動き出してゆく。

Wikipediaより)

本作は小学館ビッグコミックスピリッツに連載している作品なので、テーマは恋愛だが純然たる男性(しかも青年……すなわちおっさん向け)である。だからこそ、「女子高生が冴えない45歳のおっさん(バツイチ、子持ち、十円ハゲあり)の男に恋心を抱き、しかも告白してしまう」という、女性のみならず男性でも「ありえねぇだろJK」と思ってしまうシチュエーションに基づいて物語が進んでいくのだろう。

しかしながら、「シチュエーションがありえない」からといって本作をダメだししては、この世の中の9割以上のマンガを否定することにつながってしまうので、これを理由に批判するのはナンセンスだ。むしろ、マンガというのは「人をわくわくさせる」ことが大きな目的のひとつであるはずなのだから、本作は「世の中のおっさんをワクワクドキドキキュンキュンさせる恋愛ファンタジー」と考えて、純粋にその価値観で評価するのが正しいのではないか、とも思う。

世のおっさんの心の奥底を体現したキャラクター・近藤

その意味で考えれば、本作は非常に満足度の高い作品といえるだろう。主人公の橘さんは恋愛ビギナーであるため、好きなおっさんに気に入られるためにいろいろ悩んだり、試したり、どぎまぎしてする。その姿が純粋にかわいい。

そして、おっさん(近藤)のキャラ設定もなかなか憎い。近藤はファミレスの雇われ店長で、いつもお客さんにペコペコし、バイトたちにもなめられている情けない男であるうえ、じつはかつて小説家を志し、いまでもこっそり小説を書き続けているのである(しかも、大学時代にいっしょに小説の同人誌を作っていた友人は小説家として成功している)。「男はいつまでも少年」というのはよく言われるフレーズだが、近藤はまさに世のおっさんたちが悶々と抱えている「かつての夢がかなわなかったが、じつは心の奥底ではいまでもその夢をあきらめきれない」心境を体現しているのだ。

さらに、じつは橘さんもかつて陸上部のエースとして活躍していたが、アキレス腱を損傷してしまったがために夢をあきらめざるを得なかった……ということで、リンクしている(ここらへんが、立花さんが近藤に心惹かれる要因の裏付けのひとつとしてあるように思うが)

また、個人的には絵柄もなかなか好きだ。タイトルに「雨」という言葉が入っていることもあるが、絵柄のタッチにどことなく「湿度」を感じる。湿度……というのは「色気」と言い換えてもいいかもしれない。直接的なセックス表現はあまりない(まったくなくはない)のだが、日常的なシーンのなかにもにおい立つような湿度……色気、すなわちエロティシズムを感じさせるのだ。そこらへんも、本作の魅力のひとつだろう。2016年3月現在では、4巻目まで出ている。

恋は雨上がりのように(4) (ビッグコミックス)

恋は雨上がりのように(4) (ビッグコミックス)

 

まぁでも、やっぱり買うほどじゃないかなーというのが偽らざる心境である。おもしろいんだけど、ね。

『ダンジョン飯』

ご存じ、「このマンガがすごい!2016」オトコ編第1位を獲得した、超注目されているコミックである。じつは、本作の著者である九井諒子(くい・りょうこ)氏を徒花は以前から気に入っていて、短編集はけっこう持っている。そんな九井氏の初となる本作を何故購入せずにネカフェで読むのかというと、徒花の悪い癖である「世間で注目を集めると買いたくなくなる」病(通称、天邪鬼病)が発症してしまったためである。

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

 
竜の学校は山の上 九井諒子作品集

竜の学校は山の上 九井諒子作品集

 
ひきだしにテラリウム

ひきだしにテラリウム

 

九井氏の作品の特徴は「シュールさ」にあるといえるだろう。「ほのぼのとした不条理さ」といってもいいかもしれない。傾向としてはRPGの世界を舞台にした作品が多いが(あと、たぶんドラゴンが好き)、なかにはSF的な設定で星新一のような世界観を形成しているものもある。かと思えば、日本の昔話てきなものもあったり。個人的には『竜の学校は山の上』に収録されている『代紺山の嫁探し』がかなり好き。

さて、話を『ダンジョン飯』に戻して、あらすじ。

主人公であるライオス一行は、ダンジョンの深層にてレッドドラゴンに挑むも、空腹からチームプレイに乱れが生じて壊滅状態となり、ライオスの妹ファリンはドラゴンの餌食となる。彼女が最後に使った脱出魔法で辛くも迷宮から脱出したライオスは、残った仲間とともにファリンが完全に消化される前に救出すべく、ダンジョンに戻る。

しかし、金銭・食料・仲間などの不足はいかんともしがたいため、ライオスはモンスター(魔物)を食べることを提案。そこへ魔物食に一家言をもつドワーフ・センシが現れ、モンスターの調理法を伝授する。そしてセンシは、「レッドドラゴンを調理することは長い間の夢」と語り意気投合。襲い来る凶暴なモンスターを倒し、調理し、食べながらのダンジョン踏破行が始まった。

Wikipediaより編集)

ジャンルは「ファンタジーグルメマンガ。最近は孤独のグルメなどをはじめとして「グルメマンガ」が再びブームになっているので、それにファンタジーを組み合わせた新たなる試みが見事に世間とマッチしたのである。世界観はまさしく九井氏が得意とするRPGの世界で、しかも版元が『週刊ファミ通を発行しているエンターブレインであるというのは、まさに必然だ。(連載しているのは「月刊コミックビーム

斬新な発想でモンスターを分解する

本作最大の特徴は「モンスターの生態、体の構造、調理法に対する精緻(?)な解説」。もちろん、モンスターなので現実世界には存在しない生き物が登場するわけだが、そんな架空の存在についてかなり念入りに考察を行い、リアリティを追及しているのだ。徒花は「くだらないことに労力を費やす」ことにロマンを見出す(でも秋っぽい性格なので自分ではやらない)人種なので、こういう試み、嫌いじゃない。

たとえば一例を挙げてみれば、ゲームでよく登場する「動く甲冑」の解説だ。一見すると、これらはゴーレムのように魔法の力によって動いているから食べることはできないように思えるが、じつはこうした甲冑の正体は甲冑の隙間に入り込んだ生物が関節の役目をしている生き物で、甲冑部分はカタツムリや貝の殻のようなものだとしたのだ。そこで、主人公たちは壺焼きのような感じで調理したりして、食するのである。(よくよく考えればこれは壮絶なネタバレになってしまうので、反転にした)

調理方法ももちろんおもしろいが、それ以上に魅力的なのはこうした幻想世界のモンスターたちの体の構造を「なるほどな」と思えるほどリアルに、そして斬新に解釈し、紹介するところにある。もちろん、長編ならではといえる各個のキャラクターの背景や、ストーリーもおもしろい。ちなみに、復活の呪文が存在する世界であるためか、人の命は紙のように軽い。

2016年3月現在、第2巻目まで刊行中。やはり期待通りのおもしろさだったので、やっぱり購入するべきか、けっこう悩む……。

『アンゴルモア 元寇合戦記』

こちらはとくに書店で平積みされているわけではないのだが、「読書メーター」でちらほらと読んだ人がいるのを見かけて、気になっていた作品。雑誌連載ではなく、版元が運営しているWebコミックサイト『comic walker』にて連載していて、第1話目は無料で読むことができるので、まずはそちらをチェックすべし。

ぶっちゃけ、絵柄はあんまり好みではないだが、「元寇」というなかなか渋いテーマのチョイスが気に入った。歴史モノというと鉄板で人気な時代はだいたい「戦国時代」とか「幕末」とかになるわけだが、徒花は源平合戦とか南北朝時代とか、鎌倉から室町あたりの日本史が好きなので、本作にも興味を持った。ゲームも、「戦国無双」とかはやらず、「義経英雄伝」をやっていたクチである(ここらへんでも天邪鬼病が発症している)。けっこうおもしろいよ!!

義経英雄伝

義経英雄伝

 

さて、本作もまずはあらすじから。

1274年(文永11年)秋。嵐の中を、対馬に向かう流人船があった。罪人たちは手枷をはめられており、このままでは、船が転覆すれば万に一つも助からないと護送する役人に懇願する。やむなく手枷を外してやった役人たちだが、数人の手枷を外してやったところで、豹変した流人たちに海の中に放り込まれる。さらに仲間以外の流人を海に放り込もうとする混乱を、御家人・朽井迅三郎は義経流兵法で押さえ、目的地であった対馬に向かう。

対馬に着いた流人船を、御家人宗助国の娘である輝日姫が出迎えて歓待するが、その宴席上、流人たちは恐るべき事情を知らされる。高麗を発した蒙古・高麗軍の大軍団が日本に向かっており、流人たちは、自分たちが最前線となるであろう対馬を防衛するため遣わされた人員であることを知る。輝日姫は、「対馬のために死んでくれ」と流人たちに冷たく告げるのだった。

Wikipediaより)

史実に紛れ込ませるファンタジー要素にときめく

もうね、主人公が義経流(ぎけいりゅう)の使い手だったり、安徳天皇(壇ノ浦の合戦で入水したとされる幼い天皇の子孫が対馬にわたっているという設定だったりが、歴史ファンとしては胸をキュンキュンさせるポイントである。しかも、どうやらモンゴル軍側にも義経流の使い手がいるというのが魅力的だ。

義経流/北海道 - NINJA ONLINE~風説・忍者大全~

ご存じのとおり、源義経はお兄ちゃんである源頼朝と仲たがいし、奥州は衣川で藤原泰衡(ふじわらのやすひら)による裏切り(父である藤原秀衡義経を守れと泰衡に遺言を残していた)に遭い、自害したとされているが、じつはその戦いから逃れて蝦夷(北海道)に行き、そこからさらに大陸に渡ってモンゴル帝国を作ったチンギス・ハーンになったという伝説が残っている。

義経=ジンギスカン説 - Wikipedia

おそらく、このマンガではその伝説を踏襲し、だから義経流がモンゴル帝国にも受け継がれている、という流れなのだろう。絵柄が汚いし、血がドバドバ出るような作品ではあるが、続きが気になる作品だ(じつは、時間が足りなくなって2巻目の途中までしか読めなかった)

2016年現在、コミックスは5巻目まで発売中、上記のサイトでは第20話目までが公開されている。

おわりに

冒頭で述べた通り、ネットカフェに入ったのは久しぶりで、楽しめた。そこで思い出したのは、はてなブログの著名人、坂爪圭吾氏がかつて述べていたことである。

坂爪氏は上記のエントリーで、次のように言っている。

それにしても漫画喫茶の店内を占める漫画の割合は無駄が多いと感じた。例えばすべての漫画をデータ化してiPadとかに入れてしまえば、「誰かが読んでいるから読めない」とか「本がどこにあるのかわからない」とか「店内スペースを漫画が占めてしまう」という無駄が省けるだろうなどと考えた。

これはまさにおっしゃる通りだなぁというのを改めて感じた次第だ。ネットカフェには書店のように検索機が置かれていない店舗が多いだろうから、読みたいマンガがあっても探すのに苦労する。それに、人気の作品だとほかの人が持って行っていて、結局読めないということがよくある。ネットカフェは時間でお金が取られるので、極力こうしたロスは防ぎながら効率的に活用したい場所なのだから、ネットカフェこそ積極的に電子書籍を活用したほうが良いのではないかと思う。(お客さんによって汚されたり、破られたり、盗まれたりするリスクもなくなるし)

もちろん、ぶらぶらと棚を回って、思いもよらないおもしろいマンガに出会える可能性がなくなってしまうというデメリットはあるものの、どちらかというとメリットの方が大きいのではなかろうか。

 

こんなところで、お粗末さまでした。