本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『百舌鳥魔先生のアトリエ』のレビュー~グロ、ホラー、ミステリー、そしておまけのファンタジー~

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徒花は普段、あまりホラー小説というジャンルは読まないが、そのなかで唯一読むのが今回紹介する小林泰三氏だ。

もくじ

初めて読んだのは小学生だか中学生のころだったが、彼の名前が「こばやし・たいぞう」ではなく、「こばやし・やすみ」であると知ったのはつい数年前の話。以後、私は忘れないように親しみを込めて彼のことを「泰三ちゃん」と勝手に呼んでいる。

んで、久しぶりにそんな泰三ちゃんの本を読んだので、今回は泰三ちゃんの紹介をしつつ、その本のレビューを綴っていこう。

泰三ちゃんについて

1962年、京都府生まれ……ということくらいしか明らかにしていないのでわからない。デビュー作はホラーの短編小説である玩具修理者。 

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

 

ニコニコ大百科の記事によれば、元々は奥さんが小説を書こうと奮闘していたのだが、応募〆切の数日前になって「書けなくなったから、アンタが書け」と命じられ、ぱっと書き上げたらしい。しかし、本作は見事に第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞し、単行本だけでも15万部を売り上げた大ヒット作となった。奥さんとしては、おもしろくない気分だったろう。

ちなみに、受賞したのは1995年で、そのとき泰三ちゃんは33歳くらい。しかも奥さんがいたということで、おそらく何らかの仕事をしていたとは思うのだが、そこらへんはまったく明らかにされていない。徒花が小学生くらいの時に読んだのはコチラの作品だが、グチョグチョズルズルの作風に魅了されたのはいうまでもない。コチラの作品は田中麗奈さん主演で映画化もしている。

玩具修理者 [DVD]

玩具修理者 [DVD]

 

作家としてデビューしてからは『人獣細工』『肉食屋敷』などのホラーを執筆する傍ら、『密室・殺人』などのミステリー、

密室・殺人 (創元推理文庫)

密室・殺人 (創元推理文庫)

 

『海を見る人』『天体の回転について』などのSF、

海を見る人 (ハヤカワ文庫 JA)

海を見る人 (ハヤカワ文庫 JA)

 

 

天体の回転について (ハヤカワ文庫 JA コ 3-3)

天体の回転について (ハヤカワ文庫 JA コ 3-3)

 

さらにはシリーズ作品『人造救世主』といったダークファンタジーなど、かなり広いジャンルの小説を執筆している。(『人造救世主』も読んでみたが、こちらはワタクシ、途中で読むのをやめてしまったので、ダークファンタジーに限ってはあまりおススメできない)

人造救世主 (角川ホラー文庫)

人造救世主 (角川ホラー文庫)

 

しかも、SFの『海を見る人』は第10回S-Fマガジン読者賞国内部門を受賞したし、SFとファンタジーの要素を交えたミステリー作品である『アリス殺し』は2014年啓文堂大賞(文芸書部門)を受賞するなど、その実力は折り紙つきだ。『アリス殺し』はとくにおもしろいので、ぜひ読んでいただきたい。

アリス殺し (創元クライム・クラブ)

アリス殺し (創元クライム・クラブ)

 

なお、本人の公式サイトによれば、現在はS-FマガジンウルトラマンF』を連載しているとのこと。

さらに、『アリス殺し』の姉妹作品である『クララ殺し』を雑誌ミステリーズ!で連載しているとのことなので、個人的にはこちらが楽しみである。まぁとにかく、いろいろと門戸を広げているので、ホラーが好きな人は『玩具修理者』から読めばいいし、ミステリーが好きなら『アリス殺し』から入ればいいし、SFが好きなら『海を見る人』を試してみればいい。もしくは、今回紹介する以下の本。

『百舌鳥魔先生のアトリエ』について

さて、今回紹介するのはこの一冊。

百舌鳥魔先生のアトリエ (角川ホラー文庫)

百舌鳥魔先生のアトリエ (角川ホラー文庫)

 

短編集で、ホラー、SF、ダークファンタジー、ミステリーと、泰三ちゃんが得意とするジャンルの作品が詰め込まれているので、迷っているならとりあえずこれを読んどけ!

それでは以下、各話について、簡単なあらすじと所感を述べていく。

『ショグゴス』

あらすじ:

南極に突如、正体不明の生物が現れた。生物に敵意はないようだが、周囲の環境を破壊し、近づく者を次々殺していく。しかも、生物は2種類いて、知能の高い生物はもう一方の、あまり知能が高くない生物に寄生されているらしい。そこでとある国の政府は、高度に進化したアンドロイド軍団を使って、知能の高い生物とコンタクトを取りつつ、隷属させられているだろう彼らを解放する作戦を決行することにしたのだった。

冒頭に持ってくるところからもわかるように、本書の中でも完成度の高い作品。基本的には政府の大統領とロボットの主任研究員、そして研究員が従えるロボットとの会話によって物語は進行する。ロボットが出てくるのでジャンルとしてはSFだが、そのロボットのメカニズムがいかにも泰三ちゃんらしく、なんともグロテスクな構造。そしてだんだん読み進めていくと、本作のカラクリが見えてくる。皮肉が効いていて、おもしろい。

ちなみに、ショグゴスというのはホラー小説の大家、H・P・ラヴクラフトが生んだ一連の世界・クトゥルー神話に登場する怪物の名前で、ここらへんの知識を持っているとより物語を楽しめるだろう。Wikiに説明があるので、上記のリンクから参照のこと。

『首なし』

あらすじ:

母が息子に、自分の夫であり、息子の父親・正一郎のことを語って聞かせる。かつて、彼女はお屋敷のお嬢様であり、正一郎は書生だった。彼女は一目見たときから正一郎に恋焦がれていたのだ。そして一方で、同じく屋敷で下働きをしていた粗野な作蔵を忌み嫌っていた。そこで彼女は作蔵を家から追い出すべく、作蔵が吸い終わった煙草の吸い殻に火をつけて、騒動を起こす。しかし、思ったよりも火の回りは早く、蔵に閉じ込められた彼女と正一郎は炎に包まれる。

気が付いたとき、彼女の目の前には頭のほとんどを失いながらも、脳幹だけが残っているおかげで「生物的には」生きている首なしの正一郎を目にする。もはや意思の疎通はできないものの、こうして彼女は正一郎と結ばれ、子どもをもうける。だが、成長した息子はある日、ひとつの疑念を彼女にぶつけるのだった。

おそらく明治~昭和あたりの時代をイメージした純和風ホラー。作風としては江戸川乱歩あたりが近いだろうか。終始、母親が息子に語って聞かせる体裁となっていて、その語り口調の端々から、名前を明かされない母親の狂気ぶりがうかがえる。出来栄えとしては上々。

『兆』

あらすじ:

ある中学校に通う女子生徒の直美が飛び降り自殺をした。そして、そんな直美のクラスメートだった主人公の元に、死んだはずの直美が現れるようになる。ふとした瞬間に現れ、ときには実体を持って髪の毛をなでてくる彼女は果たして幽霊なのか?

同時期、フリーライターを目指して活動するなえ子はこの事件を知り、週刊誌に記事を持ち込むべく、独自に調査を開始した。クラスメートたちに話を聞いていくと、直美がいじめを受けていたことが判明。そしてその死の真相に、とある秘密が隠されていることに気が付く。そしてなえ子は直美が自殺した工事途中のマンションで、異形の怪物と遭遇するのだった。

『首なし』が明治~昭和あたりのレトロなホラーだったのに対し、こちらは現代のホラー。舞台が自分たちに身近なせいか、かなり怖いので、夜中にひとりで読むのはあまりおススメしない。ただし、終わり方はちょっとわかりにくい。

『朱雀の池』

あらすじ:

骨董屋の主人・蘭蔵はひどい暑さの中、橋を渡っていた。暑さを感じながら、蘭蔵はアメリカ軍が日本に仕掛けている爆撃のことを回想する。そして、いつしか蘭蔵の意識は日本文化に精通しているアメリカ人の学者・ウォーナー博士になっていく。アメリカ軍に呼ばれた博士は、そこで日本の重要な文化財のリストを作るように依頼された。そして博士はこう提案する「京都は外してくれ」と。

ちょっと意味がわからなかった話。とりあえず舞台は太平洋戦争末期であることまでは理解できるのだが、結局なにがどうなった話なのか、理解できなかった。というわけで、私としてはおもしろさを感じられなかったのでイマイチ。

『密やかな趣味』

あらすじ:

人間そっくりのアンドロイドが普及している未来。主人公の女はふと広告で見かけた、「あなた色に染まったあなただけの恋人」と謳われた恋人ロボットをふと購入してみた。これまで仕事に真面目に打ち込んできた彼女には、思いっきりアブノーマルなプレイをしてみたいという願望があったのだ。

注文後、彼女の家に指定したとおりのかわいらしい少年がやってきた。さすがに高いロボットだけあって、反応が人間そっくりだ。しかし、プログラムがあまりに精巧すぎるため、彼女はだんだんそのロボットの態度にイライラしてくる。やがて彼女は台所から包丁を持ち出し、その少年型アンドロイドの腹に包丁を突きつける……。

エッチぃ展開になるかと思われそうだが、そうはならないのが泰三ちゃんスタイル。ストーリーの骨格自体は非常に単調でわかりやすいものだが、そこは筆力によって飽きさせないものにしている。とにかく人の気持ちも、行動もグロテスクで生々しい。

『試作品三号』

あらすじ:
かつては十把一絡げにされていた妖怪の分類が進み、人間が武力として妖怪を研究している世界。とある研究所で生み出された最強の妖怪「試作品三号」が研究所を破壊して脱走し、最新鋭の鎧を来た主人公はその討伐を行っていた。

やがて、主人公は自らを「試作品三号」と名乗る妖怪と出会い、激しい戦いを繰り広げる。だが、あまりに高性能すぎる主人公の鎧の前に、「試作品三号」は苦戦を強いられる……。

こちらはダークファンタジーで、SF的な要素はあるものの、ホラーやミステリー的な要素はない。しかし……どうにもセリフが安っぽくて呼んでいるとしらけるし、展開が単調でおもしろみに欠ける。すでに述べてきたことだが、個人的に泰三ちゃんが書くこの手のダークファンタジーはあまりおもしろくないので、本作はサラリと読み流せばいいと思う。

『百舌鳥魔先生のアトリエ』

あらすじ:

もはや新婚とはいえない男の妻が、ある日「習い事をしたい」と申し出た。そして数日後、妻はウキウキした表情で、男に「百舌鳥魔先生」なる人物のことを語り始める。いわく、「百舌鳥魔先生は芸術家だが、既存の芸術では語れないすごい人」だと。男は訝しがりながらも、半信半疑で話を聞き流した。

翌日、その家の夕食には刺身が出た。妻はこれを「活け造り」だといい、部屋の隅にある水槽を指し示す。そこには、夫がペットとして飼っていたエンゼルフィッシュたちが、肉を剥ぎ取られて内臓をむき出しにしながらも、なお平然と泳いでいる姿があった。

激高する男に妻は「これは百舌鳥魔先生に教わった技術」と説明する。そして男はついに、妻とともにその百舌鳥魔先生なる人物のアトリエを訪れることにしたのだった……。

 本書の最後に持ってきたこちらの作品はまさに泰三ちゃんの真骨頂ともいうべきグロテスクホラー。話の構造的にはデビュー作である『玩具修理者』をセルフオマージュしたような感じで、百舌鳥魔先生はまさにデビュー作に登場する“ようぐそうとほうとふ”だろう。

なんというか、人間がどういうものに生理的な嫌悪感を催すかを重々理解したうえで、その部分を容赦なく突いてくる作品となっていて、それが逆に心地よさを感じたりするわけだが、こういう変態的な感情を抱くのは私だけかもしれない。まあとにかく本書の中では『ショグゴス』に勝るとも劣らない傑作である。

おわりに

エントリーを書いていて、なぜ(一部の)人はホラー作品やグロテスクなものに惹かれるのか、ということを考えてみたりした。……のだが、これについて調べると本エントリーの趣旨から外れるし、また長くなるだろうからやめることにした。

恐怖の源泉、人間が恐怖を感じるメカニズム、そして怖いもの見たさという性質の正体。。ここらへんも興味深いテーマなので、暇なときに「恐怖」そのものを研究した人の本がないか、調べてみようと思う。

 

それでは、お粗末さまでした。