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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

私がネコ好きじゃない理由

日常

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ネコはキラーコンテンツである。

もくじ

世の中のネコ好きはとりあえずネコの写真やイラスト、「ネコ・ねこ・猫」という言葉が視界に入ると条件反射的に認識してしまうものらしいので、平凡で中身が薄っぺらくて、たとえ相手の思惑が透けて見えていたとしても、あえてそれに乗っかってしまうらしい。じゃらんとか、Yモバイルとか。


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本でも、ネコの本や写真集はやたら多い。あざとい。

人生はニャンとかなる!?明日に幸福をまねく68の方法

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飛び猫

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オデット ODETTE(1) (ポラリスCOMICS)

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そういえば、「ねこあつめ」は英語版がリリースされたらしい。

hpmobile.jp

個人的にはもういい加減ウンザリしているのだが、それでもネコジャンキーは世の中に多いのだから仕方ない。経済効果だって少なくないだろう。そこで、「なぜ世の中にネコ好きが多いのか」「にもかかわらずなぜ私はネコがそんなに好きじゃないのか」をあわせて考えてみたい。

ネコと私の思い出

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私はネコを飼ったことがない。ネコカフェにも行ったことがない。が、小学生のときはよくネコと触れ合っていた。

小学校のとき、友人と連れ立って下校していると、かならずネコがたむろしている場所に寄っていた。そこは空き地とかではなく、ごく普通の住宅のガレージの中だ。知らない人の敷地なので不法侵入だが、当時はまだそういうことにおおらかだったのである。新潟の田舎だったし。しかもそこには仔猫もいた。私は別にオヤツをあげるわけでも一緒に遊ぶわけでもなく、ただネコの案外固い毛をナデナデしたり、ビヨーンと皮を引っ張ったりしていた。ネコと一番触れ合った記憶はこれである。

触れ合った記憶ではないが、これも小学生のとき、朝の登校中に道端で車に引かれたネコの死体を見つけた。血はそうとう飛び散っていたが、原型はとどめていたのですぐにネコだと分かった。そのころ、私は本かなにかで「死体と目を合わせると霊がついてくる」という知識を得て信じていたので、とにかくネコの死体と目を合わせないようにそそくさと通り過ぎた記憶がある。

私をストーキングしたネコ

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あとこれは社会人になってからのこと。数年前、私は東京都府中市で独り暮らしをしていた。当時はまだ編集プロダクションで息もつかせぬ激務に明け暮れていたので、その日も終電帰りで、午前1時くらいにコンビニの袋を提げつつ住宅街の中、家路に就いていたと思う。と、そこで不意に何かの気配を感じるとともに視界の隅に動くものを見つけたのだ。ちょろっと後ろを振り返ると、道の脇のところに仔猫である。

かわいいとは思ったが、疲れているし面倒くさいので、私はネコを無視して歩き続けた。しかし、ネコは私のずっと後をついてくる。私は困った。ネコを飼うつもりもないし、朝から晩まで土日も関係なく働く生活で動物を飼うなど不可能だ。どうしようかと思いながら歩いていたが、家につくころにはそのネコの姿は見えなくなっていた。もしこのネコが私の家までついてきてしまっていたら、もしかしたら私のネコに対する態度は違っていたかもしれないが、考えても詮無いことである。

私とイヌの思い出

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じゃあそんな私はイヌ派なのかといえば、そうともいえない。今度はイヌとの思い出を語ってみよう。

中学生のとき、私は修学旅行で京都に行った。2日間くらい観光し、夜の8時くらいに自宅に帰ってきたと思う。お土産の八橋を母親に渡し、荷物を降ろして畳敷きの居間の座椅子に腰掛けようとしたとき、私はなにか茶色い固まりを見つけた。最初は服が丸められているのかと思ったが、よくよく見ると、なんと仔犬が丸くなって眠っていたのである! すでに母親・妹によって名前もつけられていたこのイヌは、いまも私の実家で飼われている。しかし、修学旅行から帰ったら家にイヌがいるとはさすがの私も想像していなかった。なぜこんなことになったのか。それを説明するためには少し時間を巻き戻さねばならない。

この出来事の半年ほど前、私の家族はとある事情によって分譲マンションから一軒家に引っ越した。割と立派な家で、広い庭も、門もある。というわけで、誰が言い出すわけでもなく、家族間で「番犬を飼おう」という共通認識ができあがった。その後イヌ探しが始まったわけだが、わが家では誰も「犬種」にこだわらなかったのである。庭に放し飼いする番犬なのでチワワのような小型犬は困るが、中型犬以上であればなんでもいいのではないか。私の家族は(一部のことに関して以外は)強いこだわりを持っている人間がいなかった。また、「イヌに数十万円も払うのはバカバカしい」というさもしい考え方でも一致していたので、ペットショップなどには行かず、保健所から手ごろな仔犬をタダでもらってこようという結論に達したのである。

とはいえ、保健所はペットショップではないため、いつでも手ごろな仔犬がいるわけではない。そこで、母親が定期的に連絡を取りながらちょうどいい仔犬が表れるのを待っていたのである。そしてちょうど、私が京都に行っている間にその仔犬の連絡が入り、わが家に連れてこられて名前をつけられてたっぷりご飯を食べ、私の定位置だった座椅子を占拠してぐーぐー眠っていたということだ。私は何度も仔犬の体をツンツンしたが、ぐっすり眠っているようで、まったく反応がなかったことを覚えている。

沖縄で出会った犬

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あと、これは高校生のとき、沖縄に修学旅行に行ったときのことだ(なぜか私のイヌにまつわる記憶は修学旅行と関連している)。沖縄のとあるみやげ物店の軒先で柴犬の仔犬が放し飼いにされていて、女子を中心にきゃーきゃー騒ぎながらそのイヌをなでていたのである。そのイヌが、なぜか私にばかりなつき、しきりに指をぺろぺろなめた。「はて、どこかで蜂蜜の壷にでも指を突っ込んだりしたっけな?」と思ったが、もちろんそんな記憶はない。

とりあえずなめられるがままにされていると、調子に乗ったイヌは私の指を噛んできた。しかも、まだ仔犬だからうまく加減できず、結構痛かったのだ。私は「痛いわっ!」といって子犬の頭をベシッとたたき、それで女子からブーイングを食らった記憶がる。せいしゅんのおもいでだ。

よく考えればイヌもそんなに好きじゃない

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そうなのだ。ここまで書いてきてわかったが、よく考えると、私はべつにイヌもそれほど好きではない。実家で飼っているイヌにはそれなりの愛着があるが、じゃあイヌ一般に愛着が湧くかというとそうでもない。

そもそも徒花はうまく理性的に意思疎通できない動物全般がそんなに得意ではない。水族館でボンヤリと魚やくらげを眺めるのは好きだが、触れ合いたいとは思わない。それと同様の理由で、人間の赤ん坊も苦手だ。彼らとは意思の疎通がうまく図れない。あと、理性的に意思疎通できないオトナの人間も不得手である。

もちろん、だからといってイヌやネコが嫌いなわけでもない。ネコカフェにもいっぺんくらい行ってみたい。しかし、飼いたいとは思わないし、道端で見かけてもとくに感動も覚えない。ネコも私を無視するし、私もネコを無視する。

ネコが好きな人は……

ネコが好きな人にネコの魅力を聞いてみると、見かけよりもその習性によるところが大きいようだ。「自由気まま」「飼い主にも媚びない」「わがまま」「気分屋」「でも甘え上手」などなど。こんな調査もあるのでご参考に。

chosa.nifty.com

ここで考えてみると、ネコが好きな人は「ネコに憧れを抱いている」人なのではなかろうか。つまり、ネコのように自由気ままな生き方に憧れている人だ。そしてそれは裏を返せば「現実では自由気ままな生き方ができていない人」という意味でもある。もしくは「被支配欲が強い」人だろう。ネコになりたいわけではないが、ネコに振り回されることに快楽を覚える人である。(イヌ好きな人が「イヌに憧れを抱いている」とは考えにくいが、「支配欲が強い」人であることは考えられる)

ネコ人間はネコに惹かれない、のか?

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ここにきて、私が別にネコ好きじゃない理由が分かった気がする。私は別にネコのような生き方に憧れは抱いていないし、相手を振り回すのも相手に振り回されるのも好きじゃない。私はすでに自由気ままに生きているからだ。会社に勤めて昼間は拘束され、ときどきやりたくないことをやらなきゃいけないこともあるけど、少なくとも心は自由だ。だから、とくにネコを見ても何も感じないのかもしれない。

ここでひとつ、思い出されるエピソードがある。大学時代、同じサークルに所属していた絵のうまい女の子がみんなの似顔絵を描いていたのだが、なぜか、私だけ人間ではなく黒猫に描かれていたのである。「何でオレだけネコなの?」と訊ねたら、彼女は「なんとなく」と答えた。すでに自分がネコ的な生き方をしている人は、とくにネコが好きにはならないのではないのではないか、というのが私の推論である。

今回はいつにも増して、意味のないことを書いてしまった。そして、イヌとネコの写真を比べてみると、イヌというのはどこか間抜け面である……。

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それでは、お粗末さまでした。