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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『キノの旅』のレビュー~「当てがない」ということは~

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「旅」と「旅行」の違いはなんだろう?

 もくじ

100人に聞いたら100通りの答えが返ってきそうな問いかけだが、徒花的には「旅=帰ってこないもの」「旅行=帰ってくるもの」だ。「当てもない旅」とはいうが、「当てもない旅行」とはいわないように。

その意味では、キノの旅の主人公・キノが続けているのは紛れもなく旅だ。キノは自分の国に帰るつもりはさらさらないし、最終的な目的地があるわけでもない。というわけで、今回は徒花がかれこれ10年以上読み続けているご長寿ライトノベルキノの旅を紹介していこう。まずは著者紹介から。

時雨沢恵一について

1972年、神奈川県出身。大学卒業後、就職がうまくいかなかったために小説を書きはじめ、アスキー・メディアワークスが主催する第6回電撃ゲーム小説大賞に投稿したキノの旅で2000年にデビューした。本作は最終選考まで残ったが、受賞はしていない。だが同シリーズは人気を博し、2015年の現在まで19巻が刊行され、いまなお完結していない。いつまで続くんだ……。

↑意外と身長が高い!!

キノの旅―The beautiful world (電撃文庫 (0461))

キノの旅―The beautiful world (電撃文庫 (0461))

 

ちなみに、上記の表紙は以前のもので、現在、新刊として発売されているものは以下の表紙になっている。

同作品のイラストを担当しているのはやはり神奈川県出身黒星紅白氏で、同氏はゲームサモンナイトシリーズのキャラクターデザインもやっているので有名。最近個人的に好きだったものでは、アニメ世界征服〜謀略のズヴィズダー〜のキャラクター原案も行っている。2014年にこれまでのシリーズの表紙がリニューアルされたのだが、画力が著しく向上しているのがよくわかる*1

サモンナイト

サモンナイト

 

 

話を時雨沢氏に戻そう。

バイクと銃火器が大好きで、軍事マニアである。そもそもペンネームの由来も、スイスの銃器メーカー・シグのアメリカ法人名「SIG SAUER」から取ったもの。ちなみに、これはアメリカ風の発音に倣ったもので、スイスでは「シグ・ザウエル」と読む。作中でも銃撃シーンの描写はいろいろ細かい。

f:id:Ada_bana:20151031103739j:plainSIG SAUER Sportより

キノの旅意外の作品では、『アリソン』から始まる「一つの大陸の物語シリーズ」と称されるものがある。こちらはすでに完結済みだ。

アリソン (電撃文庫)

アリソン (電撃文庫)

 

他のシリーズとしては、キノの旅を著者自らパロディにした学園キノシリーズくらい。基本的には元のシリーズと比べて、全体的にキャラが崩壊している。

学園キノ (電撃文庫 (1283))

学園キノ (電撃文庫 (1283))

 

キノの旅』の概要

どの巻も短編集で、だいたい5~6の独立した話で構成される。当初は主人公・キノと相棒の喋るバイク・エルメスがいろいろな架空の世界に存在するさまざまな国を旅するものだけだったが、巻を重ねるたびにキノがこれまで出会った人々を主人公にした話も織り交ぜられるようになった。現在では、主人公たちは次の4種類。

●キノとエルメス

ちなみに「エルメス」はギリシャ神話に登場する旅人の守護神。

●シズと陸とティー編

定住できる国を求めて旅をする男・シズと相棒の喋る犬・陸、そして道中で出会った無口な少女・ティーの3人の物語。

●師匠と相棒編

キノにサバイバル術や銃火器の扱いを叩き込んだ「師匠」の若いころの冒険譚で、男の「相棒」といろいろな国をめぐる物語。「師匠」「相棒」ともに名前は出てこない。2人とも荒っぽいので、ほかの作品に比べてちょっと物騒な話が多い。

●フォトとソウ編

写真を撮るのが好きな少女・フォトと喋るバイク・ソウの話。彼らは旅に出ておらず、住んでいる国の中での出来事が織りなされる。バトルなどはなく、ほのぼの系。

シリーズを通じて特徴的なのは、時系列がバラバラである、という点。基本的にそれぞれの話につながりはないが、通して読んでみると「あの出来事の前にこんなことがあったのか!」という話がだいぶ後になって明らかになったりする。たとえば、師匠の元で修行していたキノがなぜ旅だったのか、その経緯はまだ明らかにされていなかったりする。

「パースエイダー」の意味

ほかには、時雨沢氏考案の単語がちょいちょい登場するところも独特だ。たとえば、一般にピストルと呼ぶものを作品世界では「ハンド・パースエイダー」と呼び、それぞれの話の最初にいちいち注釈がつく。あと、バイクのことはモトラドと呼ぶ。注釈によると「二輪車。空を飛ばないものだけを指す」とあるので、自転車もモトラドといって問題ないのかもしれない。ちなみに、パースエイダーは英語で書くとpersuaderで、「説得させるもの、言うことを聞かせるもの」という意味がある。

ちなみに、登場人物たちが訪れるさまざまな「国」はどこも独特で、科学技術が恐ろしく発展したところもあれば、電気の存在すら知らないところもある。そして、いろいろな宗教や制度、社会が登場するが、その多くは現実社会をどこか風刺するような内容だ。たとえば16巻に出てくる「血液型の国」では、国民全員がやたらと血液型にこだわっていて、日本人の血液型信仰を皮肉ったりしている。

ブログサイトと『キノの旅』の国々は似ている

さて、徒花はもうかれこれ15年ちかくこのシリーズを読み続けているわけだが、正直なところ、最近は新刊を購入しても読まず、積読状態になっている。さすがに20巻近く続くと、当初のように新鮮な面白みを持って読み続けるのは難しい。シナリオ展開もワンパターンなので、構造的にマンネリに陥りやすいという欠点も抱えているし。

しかし、それでも私が新刊が出るたびに購入しているのは、やはりこの小説の「世界観」が好きだからだろう。彼らが旅する世界はどこかシュールで、残酷で、よそよそしい。そして登場人物たちは、大きな問題を抱えている国に入っても、基本的にそうしたゴタゴタには干渉せず(強制的に巻き込まれることはあるけど)、傍観者を貫いている。彼らはこの世界を変えようとはしないし、ドラマティックな展開が巻き起こっても、クールにそれを眺めているだけなのだ。

傍観者の国

これは私の基本的なスタンスと似ている。徒花は小説や映画を鑑賞しても特定のキャラクターに感情移入しないので、感動して泣いたことがない*2。作品に限らず、インターネットを周遊していても、基本的にはROM専だ。ブログを読んでも、ニコニコ動画を見ても、ニュースサイトをチェックしても、基本的にはそれらの作品・出来事に対して自分の意見は主張しない。私はあくまで傍観者であり、そのありようをただぼんやりを眺めている。

思えば、ネット上に浮遊しているブログサイトは、この作品に出てくるそれぞれの国のようなものだ。各ブログサイト(国)では、オーサー(統治者)が自らの正義を掲げ、規律を敷き、自らのポリシーや思想を主張することによって国民(読者)を集めている。そう考えれば、さまざまなブログをチェックしてその人々を眺めることは、キノたちが行っているように、当てのない旅をしているようなものなのかもしれない。さしずめ、この『あだばな観察記』は「傍観者の国」といったところだろうか。

おわりに

今日もどこかでニュースがあり、そのニュースに誰かが意見をいい、その意見に賛成したり、反対したり、全然別の意見をとなえたり、お得なテクニックやトリビアを紹介している。今日もどこかで新しい国が生まれ、国民が急増したり、炎上したり、そしてひっそりと滅んでいる。私はそれらを眺め、今日もひっそりとブログを更新したりしている。

当てがない……ということは、言い換えれば「いつ終わるかわからない」ということでもある。キノたちが続ける旅も、それは同じだ。彼らは時として命の危険にさらされる。死ねば、そこで終わりだ。もちろん、この物語がいつ終わるのかは時雨沢氏の意思ひとつなのだが、なんだか唐突に終わってしまってもおかしくない雰囲気がある作品でもあるのだ。それに、いつ終わるのかわかっているのは、ちょっとつまらない。

当ブログも、このエントリーが最後になるかもしれない。もしくは、おそらく著者の想定外に長く続いた『キノの旅』シリーズのように、長く続くかもしれない。「もしかしたら唐突に終わるかもしれない」という可能性が、私のような人間には一つの魅力に映るのである。

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それでは、お粗末さまでした。

*1:ちなみに、徒花はこのリニューアルに気付かず、16巻を新旧の1冊ずつ持っている。内容がかぶっていると知ったのは、本エントリーを書くために整理していた時だ。

*2:だから、お気に入りのキャラクターもいない。