本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『世界のエリートはなぜ瞑想をするのか』ほかのレビュー~瞑想はいいぞ。心がカラッポになる。~

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徒花は出版社に勤めているが、一般の方から出版社に送られてくるのは企画書や原稿ばかりではない。著者の先生へのプレゼントが贈られてくることもあるのだ。

 もくじ

手書きで殴り書きされた原稿も強い念を発しているものが少なくないが、こうしたプレゼントはまた原稿とは別の強い念を感じるものが多い。あと、独特のにおいを感じることも多い。具体的に言うと、「他人の家のにおい」がする。おげ。

『世界のエリートはなぜ瞑想をするのか』のレビュー

まぁそんなことはどうでもよくて、今回のテーマは「瞑想」(はじめに言っておくと、今回のエントリーはいつにも増して長く、複雑なことを書いているのであしからず)。先日、いつものごとく書店をフラフラとしていたら、こんな本が置いてあった。

世界のエリートはなぜ瞑想をするのか

世界のエリートはなぜ瞑想をするのか

 

でたっ! これが「さおだけ屋メソッドのタイトルである。くわしくは以下のエントリーを参考のこと。 

フォレスト出版の「さおだけ屋メソッド」本

ここまで来ると、こんなタイトルをつけるのは出版社側の手抜きであるようにしか感じられない。見せしめのために、フォレスト出版が出した「さおだけ屋メソッド」の本を一覧にしてみよう。

『新版 なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?』(小堺桂悦郎)
『なぜ、あなたの思考は現実化しないのか?』(久家邦彦)
『なぜ、あの人の「主張」だけ通るのか?』(太田龍樹
『メダリストの言葉はなぜ心に響くのか?』(青島健太
『なぜ、占い師は信用されるのか』(石井裕之
『なぜ、留学生の99%は英語ができないのか?』(藤永丈司)
『なぜ、「頑張っている人」ほど、うまくいかないのか?』(ジョン・キャパス)
『なぜ、追いつめられたネズミはネコに噛みつくのか?』(溝口耕児)
『なぜ、カノジョは原価100円の化粧品を1万円で買ってしまうのか?』(神樹兵輔)
『なぜ、「会社の数字」は達成されないのか?』(竹田陽一
『なぜ、できる人は朝コンビニに行くのか?』(平澤栄次)
『経済大国なのになぜ貧しいのか?』(苫米地英人
『なぜ成功社長のサイフは薄いのか?』(冨永英里)

『なぜ、あの人は焼き肉やビールを飲み食いしても太らないのか?』(饗庭秀直)

以前のエントリーではビジネス書における「さおだけ屋メソッド」の本だけを抽出したが、このメソッドはビジネス書はもちろん、心理学、経済、自己啓発、果てはダイエットまで、あらゆるジャンルに適用されている。

閑話休題

さて本書だが、肝心の内容はクソである。どこがクソか、箇条書きにしていこう。

  1. 肝心の瞑想方法について書かれた部分がちょー少ない
  2. 著者の自分語りが長すぎる。そんなものに興味はない
  3. 「私も瞑想をやっています。驚くほど効果がありました!」という瞑想実践者の声がけっこう頻繁に挟まるのだが、これが深夜のテレビショッピングのようで胡散臭さを際立たせている
  4. 「誰でも簡単にできる」とかいいながら、いろいろ制約や指示が多い。「立ったままやるな」「静かなところでやれ」「マントラを唱えろ」「できたら空腹時に」「1日2回」「タイマーは使うな」「入眠前はダメ」「お風呂に入りながらもダメ」などなど
  5. 瞑想のメリットが12個も挙げられているが、多すぎ。しかも「願望が叶いやすくなる(引き寄せ)」とか、「ゆるぎない安心感に包まれる」とか、「日常で至福を経験する」とか、かなりスピリチュアルなものも混じっている
  6. そのくせ、「瞑想は胡散臭いものではない」ということが再三にわたって主張され、いかに世界の著名人たちが瞑想を実践しているのかをこれでもかとアピールしてくる。うざい

んで、これは徒花の想像だが、おそらく「5.」の部分は、原稿が出来上がってから加筆されたのだろう。あがった原稿が思ったよりもスピリチュアルっぽい内容だったので、ビジネスパーソンを読者対象にしたかった出版社としては、なんとかそうしたイメージを払拭させたかったのだ。

しかし、その努力も、あまり成功しているようには見えない。結局、本書が目的とするのは「瞑想をやってみようかなぁ」と読者に思わせることであり、実践させることである。だが、少なくとも徒花は本書を読んで「瞑想は思ったより気軽にできる」とか、「ちょっと明日から職場でやってみよう」とかは思えなかった

ちなみに、Amazonのレビューを見ると高評価なものが多いが、どうも臭い。自演のにおいがする……。まぁ、私の勘でしかないが。

『始めよう。瞑想』のレビュー

んで、次に読んだのがこちらだ。

始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ (光文社知恵の森文庫)

始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ (光文社知恵の森文庫)

 

こっちはまだ比較的良かった。「印を結ぶ」とか「座り方の種類」とかいろいろ細かいことは言っているが、それらが丁寧に説明されているし、イラストもはさまれているので分かりやすい。『世界のエリートは…』と比べると、3~4冊分の内容がぎゅっと圧縮されて、まとめられているように感じられた。

とはいえ、やはりちょっとスピリチュアル系の話が多く、瞑想のマナーも形式ばっている印象を受けるので、気軽に「やってみようかな?」という気持ちになるかどうかは疑問。読む前から瞑想にそこそこの興味を持っているなら大変役立つ一冊だろうが、気持ちがそこまで高ぶっていない人を動かすほどの魅力は感じられなかった。

『マインドフルネス瞑想入門』のレビュー

そして最後がこちら。

~1日10分で自分を浄化する方法~マインドフルネス瞑想入門

~1日10分で自分を浄化する方法~マインドフルネス瞑想入門

 

こちらはかなり良かった。宗教チックな内容やスピリチュアルな効果を説明しているところは非常に少なく、「頭を整理し、呼吸を意識する」という実際的な効能がメインに主張されていたので、徒花にもすんなり理解できた。また、瞑想のやり方は丁寧に説明されているが、前2冊のように細かすぎることはなく、どちらかというと「ゆるい」やり方が紹介されているように思う。読み終わったあと、一番「瞑想、やってみようかな」という気持ちになれたのはこちらだ。

また、本書には付属のCDがついていて、穏やかな音楽とともに深みのある落ち着いた男性の声が瞑想を誘導してくれる。ためしに人に借りて、ほかの瞑想のCDもいくつか聞いてみたが、選曲センスや声質など、かなりハイレベルな仕上がりになっていることが分かった。本書、オススメである。

瞑想にもいろいろな種類がある!

さて、とりあえず知識ゼロの状態から瞑想に関する本を3冊読んでみたわけだが、そこで初めて分かったのは「瞑想にもいろいろ派閥がある」ということである。以下、順に紹介していこう。

チョプラ流瞑想術

1冊目の著者、渡邊愛子氏の肩書きは「日本初米国チョプラセンター認定瞑想ティーチャー」というものだ。「日本初」というのも肩書きに含まれるのかはよくわからないが、書かれている通りに書いた。チョプラというのは別にマントラではなく、ディーパック・チョプラ博士というアメリカ人の名前だ。ちゃんと日本語のオフィシャルサイトもある。

このページのプロフィールによれば、次のように説明されている。

1996年にカリフォルニアで「ウェルビーイングのためのチョプラセンター」を設立することによって西洋の医学と東洋の伝統的な自然のヒーリングを統合させた癒しの手法を確立した。
その後もチョプラセンターにおける教育にとどまらず、各種テレビ番組やラジオ番組を通して継続的に「健康」の意味に対する人々の理解を変革し続けている。チョプラセンターで提供しているトレーニングプログラムの中で米国医学協会臨床医賞の要求を満たした「ジャーニー・イントゥ・ヒーリング」は、カリフォルニア州立大学のサンディエゴ医学スクールで修士課程の単位として認められている。

要は、本書で提唱されているのは「チョプラ流瞑想術」であるということだ。これはアメリカ発祥なので、アメリカの著名人たちが多く実践しているというわけである。

マインドフルネス瞑想

順番が前後するが、3冊目の著者・吉田昌生(よしだ・まさお)氏はヨガ教室を主宰しており、「日本ヨーガ瞑想協会 綿本ヨーガスタジオ講師」という肩書きを持っている。

これは、次のように説明されている。

日本ヨーガ瞑想協会(Japan Yoga Meditation Association)は、1978年に故綿本昇師によって設立された、ヨガの普及を目的とした協会です。
その主な活動内容は、ヨーガスタジオ運営、指導者の育成、書籍やDVDなどによるヨーガ情報の発信、メディアなどによるヨーガの普及活動です。

つまり、こちらは「綿本流瞑想術」というわけだ。こっちは日本発祥で、歴史も結構古い。また、こちらは基本的にヨガ(ヨーガ)とセットになっていることが多いのが特徴的といえるだろう。

ただし、ちょっと難しいのが、「マインドフルネス」という言葉の発祥自体は日本ではない、ということである。この言葉を生み出したのはマサチューセッツ大学医学大学院教授のジョン・カバット・ジン氏であり、認知療法と瞑想を組み合わせた治療法は「マインドフルネスストレス低減法」と呼ばれている。んで、ジン博士がどの瞑想を取り入れたのかというと、それはヴィパッサナー瞑想というものなのだが、これは結構話が長くなるので後でまとめなおす。

ちなみに、2冊目の著者・宝彩有菜(ほうさい・ありな)氏がどのように勉強したのかは、ちょっとよくわからない。一応、肩書きは「宝彩瞑想システム研究所所長」ということになっているが、ほかの2人のように資格などをとっているわけではなく、独学で瞑想を学び、確立させたのかもしれない。

e-道場 サイトマップ、宝彩有菜

その他の瞑想法と瞑想の系譜あじゃぱー

そもそもの話だが、瞑想のルーツはインドである。仏教が生まれる以前から同地では「ヨーガ」と呼ばれる瞑想が行われており、これをゴータマ・シッダールタ仏陀)が取り入れたことで日本にも伝わってきたのである。ヨガ、というと体のストレッチを連想する人が多いだろうが、これは正確には「ハタ・ヨーガ(肉体の修行)」と呼ばれるもの。一方で体を動かさない――いわゆる瞑想は「ラージャ・ヨーガ(精神の修行)」と呼ばれる。つまり、本質的なことを言えば、瞑想とは体を動かさないヨガなのだ。

その後、仏教に取り入れられたラージャ・ヨーガ(瞑想)は「サマタ瞑想」ヴィパッサナー瞑想に分かれる。

サマタ瞑想はさらに対象によって40種類に分別されるのだが、それらを簡略化したものは慈悲の瞑想と呼ばれていて、これを日本で推奨しているのは日本テーラワーダ仏教協会である。日本の仏教においてはサマタ瞑想のひとつであるアーナーパーナ・サティが安那般那念(あんなぱんなねん)と名前を変え、もっともポピュラーになっているらしい。

一方のヴィパッサナー瞑想は欧米にも伝わるようになり、先に説明した「マインドフルネスストレス低減法」などと名前を変えていった。ちなみに、チョプラ博士が木月を得た瞑想が果たしてサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想のどちらなのかは、ホームページにもくわしく書かれていないのでよくわからない。

というわけで、「現在の瞑想はこの2つのどちらかに大別できるのか」と考えたわけだが、ここで『マインドフルネス瞑想』を読み返してみると、とんでもないことが書いてある。この本では、マインドフルネス瞑想はサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想のどちらの手法も取り入れるとちゃんと書いてあるのだ! よくよく調べると、本来的にはサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想はどちらか片方だけやるのではなく、2つがセットになってやるのが正しいのだという。つまり、前述したチョプラ博士の瞑想術も、どちらか片方だけでなく、両方取り入れている可能性がある。もっといえば、これらの源流とのつながりがよくわからないが、ヒンドゥー教に由来し、インド人のマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが1950年代頃から普及させた超越瞑想というものも存在するし、グル(師)を神の化身とみなすバクティヨガ」も瞑想の一種に数えられることがある。

私も訳が分からなくなってきたので、ここで古より伝わる金言を伝えよう。

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おわりに

結局のところ、瞑想というのはかなり歴史が古く、仏教とも深いつながりがあるので、そもそも一朝一夕でそのルーツを理解するのが無理なのだ。そんなことに力を注ぐよりも、むしろその瞑想が「何をもたらしてくれるのか」を重視し、自らのライフスタイルや思想に合わせて選んだほうがよほど生産的である。

という私のいいわけだ。

実際、それぞれの本が主張する「瞑想がもたらす効果」はどれも似通ってはいるものの、細かいやり方は異なる。こればっかりは、各々選んでくれ。さあ、瞑想しよう。

 

というわけで、お粗末さまでした、、。