本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『○○○○○○○○殺人事件』のレビュー~下品で読者を小ばかにした「ひどい」ミステリー~

本はタイトルが命である。よほど著者が有名だったり、有名な賞を取った場合は別だが、小説は内容がある程度わかる実用書とは異なり、最後まで読まないとおもしろいか否かが判別できないので、知らない作家の場合、読者はタイトルや帯文の煽り、装丁(そしてAmazonのレビュー)などからおもしろい作品か類推しなければならない。

 

その意味で、今回のエントリーで紹介するこの作品は、ミステリー好きな人々の食指を動かすうまいタイトルと言える。

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

 

帯文に書かれていた文言は「前代未聞の「タイトル当て」!!」。そそられる言葉だ。しかし、それでも徒花は書店でこの本を見かけたとき、買うかどうか逡巡した。表紙のイラストのせいだ。

とはいえ私はライトノベルも読むので、アニメ調のイラストだから敬遠したわけではない。ただ、見せパンをつけた尻を突き出した女の子の顔がなんかちょっと安っぽい感じがしたのである。

しかし、悩んだ末に結局私は購入した。その理由はやはり、本作があのメフィスト賞を受賞したからである。メフィスト賞については、以下の記事で書いてある。まぁ読了後、こんなイラストにした理由がわかったような気がする。

ada-bana.hatenablog.com

それでも本書は買ってからかなり寝かせていた。やっぱり印象が良くなかったせいか、なかなか読む気が起きなかったのである。しかし、ネタバレに気をつけながらネット上の反応をうかがったところ、意外にも内容についての評価は高かったので、このたび、読んでみた。

なお、本エントリーではネタバレを一切行わないので、ネタバレを目当てに訪問した人は読んでもムダであることは先に述べておく。

早坂吝について

本作の感想を一言で表せば「ひどい」で終わる。何がひどいのかと言えば、もういろいろひどい。私はこれまでそれなりの数のミステリーを読んできたが、ここまで下品で読者を小ばかにした作品は読んだことがない。もちろん、ここでいう「ひどい」とは褒め言葉である。

そもそもペンネーム、早坂吝(はやさか・やぶさか)も人を食った名前だ。まずはいつもの通り、著者の紹介からしていこう。とはいえ、早坂氏は本作がデビュー作で、まだ著書が3冊しか出ていないので、あまり書くことはない

早坂氏は1988年、大阪生まれで、まだ27歳。学生時代にアガサ・クリスティ綾辻行人などを読んでいたとあるあたり、おそらくトリックを重視した本格系のミステリが好きなのだろうと思われるが、同時に麻耶雄嵩氏の本も好きらしい。

麻耶氏は、なんというか……ミステリーにおいていろいろと「問題作」を生み出している作家だ。よくいえば既存の概念に縛られない自由なミステリー作品を生み出す人物であるため、ミステリ好きでも好き嫌いがわかれる。だが、私は割と好きなので、メルカトルシリーズは読んでいた。

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

 

彼についてはもっとちゃんと別のエントリーで書くつもりでいる。とにかく、本格ミステリ好きであるとともに麻耶氏も好きとなると、なんとなく私の好みと結構かぶる。

本作はバカミスか否か

ミステリーのジャンルのひとつにバカミスと呼ばれるものがある。これは、トリックやシチュエーションや結末などがミステリーの常軌を逸している作品に対してつけられる称号で、その作品を貶めるものではない(と私は考えている)。明確な定義はないので、どれがバカミスでどれがバカミスではないのか、人によって異なる。

個人的にはバカミスと言ったら蘇部健一氏の六枚のとんかつが思い浮かぶのだが、ネットで検索するとあまり出てこない。

六枚のとんかつ (講談社文庫)

六枚のとんかつ (講談社文庫)

 

私もバカミスを選んで積極的に読んだことはないので、さほど知識がない。ただ、ネットで調べると、世間一般的には以下のような作品が「バカミス」の定番とされている。暇があったら読んでみようと思う。

屍(し)の命題 (ミステリー・リーグ)

屍(し)の命題 (ミステリー・リーグ)

 

 

ゲッベルスの贈り物 (創元推理文庫)

ゲッベルスの贈り物 (創元推理文庫)

 

 

五色沼黄緑館藍紫館多重殺人 (講談社ノベルス)

五色沼黄緑館藍紫館多重殺人 (講談社ノベルス)

 

さて本作は、トリックやシチュエーションは一応ミステリーの基本に沿っている――という意味ではバカミスではないのだが、フーダニット(犯人当て)でもハウダニット(トリック当て)でもワイダニット(動機当て)もなく、これまで誰も思いつかなかった「タイトルダニット(タイトル当て)に挑戦した点でかなりイレギュラーだ。そしてなにより、ミステリ好きの読者を煽るような文章や物語の進め方は、読者を完全に小ばかにしている。という点で、バカミスといっていいだろう。

『○○○○○○○○殺人事件』のレビュー(ネタバレなし)

あらすじから。

平凡な公務員・沖健太郎はフリーライター・成瀬瞬のブログを通じて知り合った同志たちと毎年、メンバーのひとりである資産家・黒沼重紀が保有しているプライベートアイランドで夏のバカンスを過ごしていた。

だが、今年の夏はいつもとちょっと違う。成瀬がメンバーに連絡もなく、年の離れた女子高生の恋人・上木らいちを連れてきたのだ。最初はド派手ならいちに反感を抱くメンバー一同だったが、とりあえずバカンスを楽しんでいた。

だがそんななか、メンバーのひとりである医者・浅川史則と重紀の妻・深影が失踪。さらにメンバーが泊まっていた黒沼邸の一室が不可解な密室状態となり、メンバーの一人が殺されてしまう。果たして失踪した2人の行方は? 犯人は? 密室の意図は? そして伏せられた本書のタイトルはなんなのか?

本書は以下のように、かなり新本格系ミステリーを意識している。

・外界と連絡の取れなくなった孤島(クローズドサークル

・密室

・仮面をかぶった登場人物

・行方不明になる登場人物

・読者への挑戦状

あとは「島にまつわる不思議な伝説」があれば完璧だった。本書の特徴は、こうした要素をことごとくおちょくっているという点だ。

たとえば「読者への挑戦状」は普通、すべての事件が起きた後に提示されるものだが、本書では物語が始める前に、いきなり「読者への挑戦状」からはじまる。その内容は要約すると

「本作のタイトルを当ててください。ヒントはだれでも一度は聞いたことがあることわざです。○の数は文字数と対応しています」

というもの。ここまでヒントを出されたらなんとか正解したいと思うものだが、徒花は結局わからなかった。この答は、本書の一番最後の行まで明らかにされない。そして解答が明示されても「なるほど、これは一本取られた!」と膝を打つようなものではないとだけ言っておく。

本書はミステリー好きでなければ面白さを感じられない内容だろう。ミステリーの定石をあらゆる意味で裏切るからである。読後感は、階段を上っている途中にもう一段あると思ったら空足を踏んでしまった感覚に近い。

また、ギャグが多くそこそこ笑えるが、それと同時に下ネタや下品なところもあるので読者を選ぶ。そういう意味では、メフィスト賞を受賞したのも納得の作品ではある。

それでも私は本作を好意的に受け止めている。それはやはり、著者のミステリーへの愛が感じられるからだ。

初志貫徹する著者の強い意志

いろいろ意見はあるだろうが、私は本格系ミステリーの最大の特徴は「著者と読者の対峙」にあると思う。それを端的に表すのが、「読者への挑戦状」だ。普通、小説の場合、読者は著者からの直接のメッセージは聞かない。ライトノベルならいざ知らず、普通の小説では「あとがき」もない場合が多い。

しかし「読者への挑戦状」は、著者が著者として読者に直接語りかけてくる、かなりメタな表現方法である。ここにおいて、出題者である著者と解答者である読者という関係性が生まれ、それが物語をおもしろくする要素となるのだ。

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本書は冒頭でいきなり「読者への挑戦状」を載せることでこの関係性を読者に強く印象づける。そして、章の合間の挿話でも、あえて下衆に読者を煽るような文言を並べることで、読者にこの関係性をつねに意識させようとしているのだ。

そして、ここが私が気に入った点なのだが、じつは著者はこの点においてすごくストイックなのだ。最初に自ら提示した「タイトル当て」にのみひたすら重点を置き、「犯人当て」「事件のトリック」「殺人の動機」そして「登場人物たちの恋愛ドラマ」などはおざなりにしているのである。それらのものはすべてメインテーマである「タイトル当て」を構成するために必要な部品であり、重要視する事柄ではない、という意思が伝わってくる。そういう潔さと一貫性は私は好きだ。

というわけで、本作は誰にでもおススメできるわけではない。推奨するのはミステリーをそこそこ読んでいて、ちょっと趣向をの違う、軽めの作品をサクッと読みたい人だ。そして、内容が若干下品でも全然気にしない人、である。

ちなみに本書、続編?のようなものも出ている。

虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

 

そのうち読んでみようと思う。

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それでは、お粗末さまでした。