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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

お土産っていらなくない?~これからのOMIYAGEの話をしよう~

日常 その他

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夏、ということで休みを取り、実家に帰省したり海外に行ったり、山や海に行ってキャッキャウフフした人も多いことだろう。

 

もちろん私もそうしたレジャーは嫌いではない。いつもカーテンを閉め切った部屋に閉じこもってひとりでひっそりと本を読んだりレンタルDVDを観ているわけではないのだ。しかし、そうした旅行などでいつも私の気を揉ませるものがある。

そう、OMIYAGEだ。

前の会社は社員数が少なく和気藹々とした雰囲気だったので、私は面倒くさいとは思いつつもなんだかんだOMIYAGEを買って配っていた。実家に新潟に帰ったときも、笹団子やら柿の種やら朱鷺の玉子物語」やらを買って帰っていたのである。

駅ビルポータルサイト「駅パラ」|駅パラ探検隊

しかし転職してちょっと困った。

いまの会社は50人くらいいて、なかにはぜんぜん喋ったことがない人もいるのだ。職場はワンフロアで空間的には続いている。果たしてどの人まで買っていくべきなのか、私はよくわからなくなったのである。

そこで私はミッキーやミニーやドナルドやデイジーやプーやチップ&デールやアリスやウッディやスティッチなどが居並ぶ棚の前で思った。

「買わなきゃええやん」と。

私の心はこのとき、菩提樹の下で悟りを開いた釈迦と同じような心境に達した。一気に視界の中の風景が色彩を取り戻し、エアコンの涼しい風が私の頬をやさしくなでたのである。

OMIYAGEは「買わなきゃいけないもの」ではない

さて、なぜ人はOMIYAGEを買うのか。OMIYAGEを購入する必然性は果たしてあるのか。それを考えたとき、私の頭の中のソロバンは「ない」という結論を出したのである。

そもそも、なぜみんなOMIYAGEを買って帰るかといえば、大部分の人は「みんながそうしてるから」に過ぎないと思う。つまり、「旅行に行ったら会社の人にOMIYAGEは買うもの」ということが「常識」として刷り込まれているのだ。

これがそもそもの間違いである。

OMIYAGEはけっして「買わなきゃいけないもの」ではない。会社の経費で「OMIYAGE代」を支給してくれるなら話は別だが、おそらくそんな会社はないだろう。わざわざ身銭を切って大して親しくもない会社の人たちにお菓子を買っていく必要などない。

だが、人によってはこう考えるかもしれない。

「自分だけ旅行に行ったのにOMIYAGEを買って帰らなかったらとんでもない吝嗇家だと思われるかもしれないヨ……」

そんな心配は無用である。

小学生じゃあるまいし、お菓子を配ったか配らなかったかくらいで大人はいちいちザワつかない。もちろん、OMIYAGEの有無が出世に響くことも(常識的な会社であれば)まずありえない。もしそれによって社内での評判が落ちたとわめく人がいたら、それは気のせいである。たぶん、もともと悪かった評判にいまさら気づき始めたとか、そんなところだろう。

ただ、ここで注意しなければならないのは「誰にも平等にOMIYAGEを買わない」という点だ。もし同期や先輩にだけお菓子を渡し、上司に渡さなかったら、その上司が狭量だった場合、出世の道は立たれるかもしれない。また、上司にだけOMIYAGEを渡したら、同僚からハブられる可能性は否定できない。誰にも平等に渡さない。これが重要である。

OMIYAGEを買わないメリット

逆に、OMIYAGEを買わないことにはいろいろなメリットがある。

なんといってもわかりやすいのは、「カネが浮く」という点だ。いくら安いお菓子としえど、数十人分も買えばやはりそれなりの金額になる。ちょっと見栄を張るために珍しいお菓子を買おうものなら、貧弱な財布はたちまち悲鳴を上げ始めるだろう。

しかし「買わない」選択肢をチョイスすれば、財布には何の痛みもない。非常にエコノミックだ。しかも帰りの荷物や出社時の荷物も減ってラクチンである。

また、人の好みを考慮する必要もない。おそらく公平を期すために多くの人は同じお菓子を大量に買うはずだが、もしかすると社員の中にはナッツやチョコレート、卵、大豆などにアレルギーを持っていて、そもそも食べられない人がいるかもしれない。

たとえば徒花はゼリーやプリン類が嫌いなので、そうしたものをもらうと非常に扱いに困る。さすがに職場で食べずに捨てる度胸はないし、こそこそと隣の人に渡すのも面倒くさい。結局、カバンの中に入れて家に帰ってから捨てる羽目になるのだ。OMIYAGEはときに、意図せずしてもらった人に精神的苦痛を与えるのである。

しかしこれも、OMIYAGEを買わないというカードを切れば一気に解決だ。なにしろ何もあげないのだから、いちいち個々人の好みを気にかけたり、アレルギーを心配する必要もない。

これでそろそろOMIYAGE不買派にならない理由がなくなってきたと思う。

OMIYAGEは自己満足であり、自己顕示欲の顕れだ

OMIYAGEはたしかにもらうとちょっと嬉しい。だが、別になきゃないで気にかける人はまずいないだろう。だからOMIYAGEを買う必要はない。

しかし、こんな反論が出てくるかもしれない。

「いいんだ! 自分がOMIYAGEを勝って帰りたいんだYo!」

もちろん私も、どうしてもOMIYAGEを購入したいというなら止めはしないが、そのOMIYAGEを買いたいという気持ちは「自己満足」「自己顕示欲」によるものである可能性が高い。「OMIYAGEを配ればみんな喜ぶ」と勝手に考えているだけか、「自分はこんなとこに行ってきたんすよ!(ドヤッ」ということをアピールしたいだけに過ぎないと考えられるのである。

世の中には職場でお菓子をもらってもぜんぜん嬉しくない人もいるし、私のようにそもそも誰がどこに旅行に行ったかなんてゲジゲジには足が何本生えているかと同じくらいのレベルで興味がない人もいる。もしそうした動機でOMIYAGEを購入しているのであれば、改めて「なぜOMIYAGEを買うのか」を考え直してみたほうがいいかもしれない。

OMIYAGEが「お土産」になる場合もある

と、ここまで述べてきてなんだが、OMIYAGEがちゃんと意味のある「お土産」になるケースもなくはない。たとえば次のような場合だ。

・どうしてもみんなに知ってほしい、食べて欲しいものがある

これは郷土愛が強かったり、よほど自分が気に入っているものがある場合に限られるだろう。この場合でも「自己満足」といえば自己満足で、自分の好きなものを押し売りしていることになるが、これだけ強い思いを持って買ってきたものであれば、理解ができなくもない。どっちにしろ、それがゼリーやプリン類だったら私は捨てるけど。

・地域経済振興のための割り切って考える

OMIYAGEは大概ムダなものになるが、それでも地方の観光地には原価率のきわめて低いOMIYAGEを購入するバカな観光客で生計を成り立たせている人々がいることも確かだ。そうしたことを理解したうえで、むしろその人たちのためにOMIYAGEを購入するのなら、そんなすがすがしい思いで買われた品は「お土産」になる、ような気がしなくもない。どっちにしろ、私は観光地の経済なんて知ったこっちゃないからみやげ物は買わないが。

なお、「結局お土産を買うなら変わらないじゃないか!」という声が聞こえてきそうな気もするが、私は「知った上での行動」と「知らないままでの行動」は別物だと考えている。消費する金額は変わらないかもしれないが、それはその人のいき方そのものにかかわってくる。

とにかく、あなたにもし「なんとなく」という理由で行動するクセがあるなら、それは即刻やめたほうがいい

「なぜ自分はこれを買うのか」「なぜ自分はこのサービスを利用しているのか」「なぜ自分はこうした感情を抱くのか」ということを改めて考えてみると、案外、自分はすごくバカバカしいことに時間を費やしていることに気づくかもしれない

お土産に未来あれ。

 

というわけで、お粗末さまでした。