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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

「ねぇ、海に行きたくない?」という問いかけから透ける相手の心理

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私は「○○したくない?」という言い方が嫌いだ。たとえば、「ねぇ、海に行きたくない?」と聞かれたりしたら、たとえ本心では海に行きたかったとしても、私は「行きたくない」と答える。

 

たま~にこうした言い回しをしてくる人がいるが、そういう人は「自分で責任を負いたくない病」にかかっているといえる。断じて「相手の意思を尊重している」のではなく、「一見すると相手の意思を尊重しているように見える自己保身」をしているのだ。

言いだしっぺというのは、なにかしらのトラブルが起きると責任を追及されがちである。たとえば海に行ってみたら思ったよりも寒くて全然楽しくなかった場合、「誰だよ、海に行こうとか行ったやつは!」と責められかねない。冒頭のような言い方をする人は、「あなたも行きたいといったから、自分だけに責任があるわけではない」という言い訳をするための布石を打っているのである。

もし、「海に行きたいから、行こう!」と言われたら、私は本心ではそんなに行きたくないと思っていても「行こう行こう!」と答える・・・・・・可能性が高くなる少なくとも、「自分は○○したい!」とはっきり意思表示してくれたほうが、相手に合わせようと考えやすくなるのは確かだ。

もちろん、相手の「責任を負いたくない」という意向をすべて理解した上で、冒頭の言葉に対し、穏やかに「行きたいね( ^ω^)」と答えてあげられるのが真の大人というヤツなのかもしれないが、残念ながら私はまだそこまで人間が出来上がっていない

 

一方、これと似たような言い方に「これ、○○じゃないですか?」という言い回しもあるが、こちらにはあまり抵抗感がない。たとえば「この本、おもしろくないですか?」という問いかけからは「自分はおもしろく感じた」という相手の意思が読み取れるためだ。

むしろ、「この本、どう思いますか?」という聞き方のほうがちょっとだけ引っかかる。この場合、相手がその本をどのように感じたのかが読み取れない。もちろん、相手がどう感じたかによって私の返答内容が変わるわけではないが、やはり相手が意思表示をしてくれたほうが、私としてもどのような言葉を使って反応すればいいのかが考えやすいので助かるのは確かである。

 

とにかく、誰かに相談したり、質問したり、提案したりするときに私が大切なのは、「自分はどう感じている(考えている)かを伝えること」だ。そこをぼかしたり、ごまかそうとしているのを感じると、私はちょっとイラッ( ♯^ω^)とする。

サラリーマンとして働いている人は、気をつけたほうがいいことかもしれない。

 

オマケ:私は日本海側出身の人間なので「海」といったら夕日なのだが、大学のときに東京に出てきて「海で朝日を浴びる」ことを経験し、軽いカルチャーショックを覚えたことがある。「そうか、太平洋からは太陽が昇るんだなぁ」という非常に当たり前なことに感銘を受けたのである。それだけ

 

それでは、お粗末さまでした。