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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

一緒に仕事をしてはいけない人

ビジネス

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私は書籍の編集者なので、本の企画を立てて作ることが仕事である。が、まだまだ転職したばかりで日が浅く、いろいろ失敗ばかりで、うまくいかないことも多い。とくに先日、ようやく制作がほぼほぼ決まりかけていた案件が白紙撤回の憂き目を見たので、そのことを書くことにしよう。

 

ようやく企画が通り狂喜乱舞する私

私の勤める出版社は売上ノルマなどが課されておらず、大部分が各編集部員の自主性に任されている。そのため、入社してから「何をしろ」などと上司からまったく指示されなかったが、私は企画書を作って一冊でも早く本を作りたかった。ので、(ネットサーフィンで勝手に「情報収集」と称して遊びつつ、)いくつか企画書を作って上司に見せていたのである。

するとそのうち、「歴史」をテーマにした企画書に対して上司から「おもしろい」と認められた。狂喜乱舞した私はさっそく著者候補(私が勝手に選んだ)に連絡を取り、実際にあって打ち合わせをして、さらに詳細な本の内容を煮詰めていったのである。

具体的には、

  • 詳細な構成案を作り、
  • 著者候補の代わりに原稿を執筆する知り合いのライターと打ち合わせをして、
  • 取材日のすりあわせ

を行った。(4~5回ほど取材すれば、原稿執筆に取り掛かれる予定だった)

そして、上司とライターを引き連れて、意気揚々と私は第一回目の取材に赴く。ただ、正直、この第一回目の取材が不安材料でもあった。

 

第一回目の取材で私の企画はもろくも崩れ去る 

上司からも言われていたことだが、おもしろい本には「この著者だから説得力を持って読者に伝えられる内容」が盛り込まれなければならない。誰でも調べれば書けたり、浅薄な主張だけによって作られた本はかならず読者に見抜かれてしまう。

とくに、会社と、そして私が目指すのは、ロングセラーの可能性がある一冊である。一過性のブームに乗って、その瞬間だけ爆発的に売れればいい本を作るつもりは毛頭ない。そのため、私としては、著者候補の先生が取材のなかでどれだけ具体的かつ突っ込んだ話をしてくれるかが大切だったのだ。

そして、いざ取材を終えて、私は惨敗した。

先生はまったく取材の準備をしていなかった。前もってどのようなことを聞くか、どんなことを話してほしいかはしっかり伝えていたはずなのだが、取材はまったく盛り上がることなく、先生独自の論説やおもしろい話は一切出てこなかった。その上、先生はこの段階になって「この本の構成はそもそもムニャムニャ・・・・・・」とか言い出す始末!

結局、取材は途中から構成案そのものの見直しをするための打ち合わせとなり、ほとんどなにも収穫がないままお開きとなった。(同席していた私の上司は途中からほとんどしゃべらなくなる!(((゚Д゚))))

まぁこの時点で予感はできていたが、その後、この企画は事実上の白紙撤回となり、私は失意に打ちひしがれて、数日の間は出社してもネットサーフィンをして遊ぶだけのお荷物社員となっていたのである。

 

私がこの一件から学んだ2つのコト

その後、日をまたいで上司と相談したり、私自身、なにがこうした結果を招いたのかを反省したことで、私は今回の件で、次の2つの大切なことを学ぶことができた。

 

①企画を立てるときはまず著者から!

企画を立てるとき、手順は大きく2つに分けられる。「テーマを決めてからそれにちょうどいい著者を探す」か、「おもしろい著者を見つけてからちょうどいいテーマを決める」かだ。この件で私は前者の手法をとり、そして道半ばにして地に伏した。 

これは上司の受け売りだが、やはり、著者がその気にならないとおもしろい内容は書けない。今回の場合、企画を持ち込んだのも私なら、構成(項目案)を考えたのも私で、執筆はライターである。つまり、立場上は著者である先生は取材に応えるだけであり、かなり受け身な姿勢でこの企画に取り組んでいた。先生の気持ちがまったく温まっていないのだから、取材でおもしろい話が出てこないのも当たり前である。

そこで私は、「これからは先に著者を見つけることに専念し、本のテーマは著者とじっくり相談しながら決めていこう」ということを心に誓ったのである。(これも場合によっては良くない結果を生むことがあるが、それはまた別のエントリーで詳細を書く)

 

②つき合いやすい相手と仕事をしてはいけない!

私は過去3年、編集プロダクション(出版社の下請けみたいなやつ)で編集職として働き、色々な人とつき合いながら本を作ってきた。そのなかで、仕事上付き合うほとんどの人は以下の2つのタイプに分けられるのだ。それが

(A)つき合いやすいけどだらしない人

(B)つき合いづらいけどキッチリしてる人

である。

今回の場合、著者候補の先生は明らかに(A)のタイプだった。変な人が多い大学の先生にしては珍しく非常に人当たりが良くて愛想があり、ただの気軽な世間話ならいくらでも花が咲く。そして、あまり強いこだわりは持っておらず、私が提出した企画案や構成案についてもほとんど意見を加えることなく、簡単にOKを出してくれるような“いい人”だったのだ。

こういう人は打ち合わせでとても気が楽である。だが、本当に良質なコンテンツを作る場合、こうした人では務まらない。強いこだわりやプライドを持ち、編集者である私と意見を激突させるような人でなければ、良質な本は作れないのである。

一方、(B)のような人と仕事をするのは大変だ。彼らは自分の仕事に強いこだわりを持っていて、譲れない部分がかならずある。時間や期限にもストイックで、打ち合わせ一つにしても、こちらがしっかりコンセプトや求めていることをまとめ、それを主張する必要があるため、ぶっちゃけ疲れる。(あと、機嫌の良し悪しが激しく、口調もキツイことが多い・・・・・・)

だがその代わり、約束したことはキッチリ守ってくれるし、いざとなれば頼りにもなる。もちろん、出来上がりの品質もピカイチだ。良質なコンテンツを作るためには、精神的に疲れても、こうした人々とやり取りすることが必須なのである。

このことから私はもう、できるだけ(A)のような人とは仕事をしない。もし人当たりがいい人と仕事をするときには、非常に用心することを肝に銘じている。(もちろん、中には人当たりがいいのに良質な仕事をキッチリやってくれる仏様のような人もいることはいるし、扱いづらいくせに仕事はテキトーにやるどうしようもないのもいる)

 

まとめとその後(=つまり現在)

幸いにも私はまだ若く、経験が浅いため、このような失敗が許される立場だ(と思う)。同じ失敗を繰り返すのは愚か者だ。そのため、こうした思いを忘れないよう、備忘録としてもここにまとめ、留めておくことにする。

 

――ちなみに、じつは私はこの企画が事実上消滅したことをまだ著者候補の先生にもライターにも連絡していない。ただ、2人とも第一回目の取材の場で私も、そして私の上司もかなり先生の受け答えに失望していることを感じ取っているはずなので、長らく私から連絡がないことからすうす感づいてはいると思うのだが、近々タイミングを見計らってその連絡をしなければならない。 

ライターさんは確かな文章力がある日となので、別件で何か仕事をお願いすることで埋め合わせはできるだろう。しかし、著者候補の先生に関しては、今回の件で非常にアテにならない人だと分かったので、おそらく、この先一緒に仕事をすることはないと思われる。

 

が、この先どうなるのかは誰にも分からない。もしかすると、将来的にどうしても先生の手を借りたくなることがあるかもしれない。ので、できるだけ穏便に済ませるため、どのようにコトの顛末を説明してご納得いただくかを考えている最中である。とはいえ、あの先生のことだから「いいよいいよ~」と軽く流してくれるような気はする。それがきっと(A)タイプの人のすごくいいところなのだろう。

 

なお、このブログは週に一度は更新することを目標にしているが、私自身(B)タイプの人間を目指す(A)タイプの人間であるため、このアファーメーションが守られるかは定かではないことは留意していただきたい。 

 

それでは、お粗末さまでした。